漢詩徒然草(10)「凍結瀑布」

平兮 明鏡
2022/2/1

山徑峭巖都凍凝 山径の峭巌 都て凍凝し
飛泉樓閣作千層 飛泉の楼閣 千層を作す
無聲天地玻璃壑 天地に声無し 玻璃の壑
懸水冰時時亦冰 懸水氷る時 時も亦氷る

山徑 … 山みち
峭巖 … 切り立った岩肌
凍凝 … 凍り固まること
飛泉 … 滝
玻璃 … 水晶
懸水 … 滝


令和4年は1月20日が大寒でした。大寒とは、一年を季節に応じて24の区分に分けた二十四節気《にじゅうしせっき》の一つで、その名のとおり一年で一番寒い時期です。詩人は春夏秋冬、その季節ごとに感じたことを詩箋に写し出すものですが、今回はこの大寒の寒威極まる空気を表現してみましょう。

「凍結の瀑布」……あまり漢詩らしくない詩題ですが、このように表現するしかありませんでした。訳しますと「凍結の滝」となりますが、これは非常に面白い滝の名所を詠んだものです。

福岡県・糟屋郡《かすやぐん》にある河原谷《ごうらだに》という渓谷には、冬の間だけ滝が出現します。そしてそれは普通の水の流れる滝ではなく、氷の滝なのです。岩肌から流れ出た湧き水や雪解け水が、その岩壁を流れながら徐々に凍結し、なんと20mもの巨大な氷柱《つらら》に成長します。

通称を難所ヶ滝《なんしょがたき》といい、何層にも重なった絶壁の岩肌全体を、何百本という氷柱が階段状に覆い尽くし、氷のカスケードを形成します。その様相はまさに巨大な氷の楼閣です。(宇美町ホームページ・宇美町観光情報

山徑峭巖都凍凝 山径の峭巌 都て凍凝し
飛泉樓閣作千層 飛泉の楼閣 千層を作す

なんとも現実離れした幻想的な光景です。この情景をなんとしても詩に詠みたいと思いました。それでは、どのように表現すれば、この氷結世界を読み手に伝えることができるでしょうか?表現したい情景は、もとより現実ではない世界です。眼目はまさに、その「現実ではあり得ない」というところにあります。

以前に、過去・現在・未来を超えて今を生きていくというお話や、一瞬の中に永遠の輝きを見るというお話をしました。それでは、今回は時間を止めてみましょう。詩の世界では時間を止めることも可能なのです。

無聲天地玻璃壑 天地に声無し 玻璃の壑

それは、どこを探しても生命の気配すら感じることのできない水晶の渓谷です。そのような世界を表現するには、「滝の水が凍った」あるいは「寒気が凛冽である」などといったように現実をそのまま描写しても、とても伝えられるものではありません。そのような現実を言うのではなく、作者がまさに今、感じている幻想の世界を表現するのです。詩は現実を写すものではなく、心を写すものなのです。

懸水冰時時亦冰 懸水氷る時 時も亦氷る

それがこの「時が氷る」という表現です。時が止まる、そう錯覚するほどの静寂の世界。時間ですらその凍結に抗うことはできません。

写真はその一瞬一瞬を一枚の印画紙に写し出すものですが、時として、まるで生きているような躍動感や臨場感がある作品があります。しかし、今回の詩で表現したかったのは、その真逆で、今、目の前にある現実世界であるのに、まるで静止画の中にいるかのような非現実的な空間です。一瞬を切り取った場面が永遠に続くような錯覚、そんな不可思議な感覚へと読み手を誘《いざな》うことができたとしたら、この詩は上々ということになるでしょう。

今回は、滝とともに時間が凍結する、そんな幻想的な詩情を詠んでみました。冒頭でお話しした二十四節気・大寒は、一年でもっとも寒い時期ですが、実は同時に、その中に初めて春の兆しを発見する日でもあります。次回は、春の到来を詠んだ詩を紹介してみたいと思います。


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山徑峭巖都凍凝 山径の峭巌 都て凍凝し
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飛泉樓閣作千層 飛泉の楼閣 千層を作す
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無聲天地玻璃壑 天地に声無し 玻璃の壑
○●○○○●◎
懸水冰時時亦冰 懸水氷る時 時も亦氷る

仄起式、「凝」「層」「冰」下平声・十蒸の押韻です。

詩題の「瀑布」と詩文中の「飛泉」「懸水」はすべてという意味です。逆に漢語の「瀧(滝)」という字には滝という意味はなく、急流という意味ですので注意が必要です。

漢詩には同字重出の禁というルールがありますが、たとえ同じ字を使っていなかったとしても、同じ意味の言葉を何度も使うのは避けるべきです。それは使ってしまっている時点で、すでに同じ内容を繰り返してしまっているからです。同じことを繰り返すということは、それ自体に何か特別な役割がない限りは、意味やリズムの上で冗長になってしまいます。これは漢詩に限らず、すべての文章に言えることです。

とはいえ、実際に詩を作っていると、どうしてもそれが必要なときもあります。今回の「飛泉」「懸水」は、「飛ぶ泉」と「懸かる水」という、字そのものが持つニュアンスの違いから、「そびえ立つ楼閣」と「凍結する水」という、それぞれの形容として許容してみました。


二十四節気

本文中でも述べたように、季節に応じて一年を24の区分に分けたものが二十四節気です。「立春」「春分」「夏至」など、現在でもよく使う語もあれば、聞いたこともない語もあるかもしれません。手紙を書く時などに、時候の挨拶に使う場合もあるのではないでしょうか?

二十四節気は、もともとは暦と密接な関係があり、暦と実際の季節の誤差を是正するために用いられたのですが、以前にお話ししましたとおり、現代では陰暦と新暦の違いも加わって、さらにややこしいことになってしまっています。これは説明しだすときりがないので、今回は省略します。

ともあれ、季節の移り変わりには、やはり詩情を動かされることが多いものです。以下に、実際の二十四節気の名称を列記しました。この二字を見てみても、その季節を象徴するかのような情景が浮かんでくるのではないでしょうか?心動くとき詩あり、です。二十四節気の語そのものを詩文中に組み込むこともできますが、安易に用いるとただの季節の説明になるので注意しましょう。

 立春《りっしゅん》… 春の始まり
 雨水《うすい》……… 雪が雨に変わる
 啓蟄《けいちつ》…… 虫が動き出す(「啓」は開く「蟄」は冬ごもり)
 春分《しゅんぶん》… 昼夜の長さがほぼ同じになる
 清明《せいめい》…… 清々しく明るい
 穀雨《こくう》……… 穀物を育てる雨
 立夏《りっか》……… 夏の始まり
 小満《しょうまん》… 草木が次第に成長する
 芒種《ぼうしゅ》…… 稲の種を蒔く(「芒」はのぎ)
 夏至《げし》………… 昼が最も長く夜が最も短い
 小暑《しょうしょ》… 次第に暑くなる
 大暑《たいしょ》…… 一年で最も暑い
 立秋《りっしゅう》… 秋の始まり
 処暑《しょしょ》…… 暑さが落ち着く(「処」は落ち着く)
 白露《はくろ》……… しらつゆが降りる
 秋分《しゅうぶん》… 昼夜の長さがほぼ同じになる
 寒露《かんろ》……… 露が凍りそうになる
 霜降《そうこう》…… 霜が降りる
 立冬《りっとう》…… 冬の始まり
 小雪《しょうせつ》… 雪がわずかに降る
 大雪《たいせつ》…… 雪が多く降る
 冬至《とうじ》……… 昼が最も短く夜が最も長い
 小寒《しょうかん》… 寒さが厳しくなる
 大寒《だいかん》…… 一年で最も寒い

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