初めての人のための漢詩講座 13

平兮 明鏡
2021/7/15

第二章 漢詩のルール

*上級編! この章での専門用語

本編ではなるべく覚えてもらう言葉を少なくするために、専門用語を可能なかぎり省いています。もっと本格的に勉強したいという人は、これらの語も是非覚えてください。
 

・四声

平たく伸ばす音を平声、それ以外の音を仄声といいます。仄声は、さらに三つに分けられ、その四つをあわせて四声といいます(□は辞書の表記です)


    平声            仄声

   □左下      □左上  □右上  □右下
 上平声・下平声     上声   去声   入声



平声 … 平たく伸ばす音。さらに上平声下平声に分けられる。
上声 … 上がりの調子の音。
去声 … 下がり調子の音。
入声 … 詰まった音。

このうち入声は、必ず音読みの発音が「フクツチキ」の音で終わります。

例えば「月(ゲツ)」「落(ラク)」「客(キャク、カク)」などです。つまり、「フクツチキ」で終わる発音の漢字は、辞書を調べるまでもなく仄声(●)とわかります。これば便利なので、是非活用しましょう。

なお、本編で述べたとおり、近体詩に使われる韻の種類は全部で106あります。これは長い年月をかけてまとめられたもので平水韻といいます。内訳は以下のとおりです。

 平声 … 30韻
 上声 … 29韻
 去声 … 30韻
 入声 … 17韻
 

・押韻と踏み落とし

起・承・結句は押韻するのに対し、転句は押韻せず仄声(●)にしますが、これを踏み落とし、踏み落とす、といいます。

五言絶句の起句対句のはじめの句は踏み落とします。
まれに七言絶句の起句も踏み落とす場合があります。

実際に起句が踏み落とされた七言絶句を見てみましょう。(4)「*上級編! 禅宗の漢詩(1)」で取り上げた大燈国師投機の偈が、その形式になっています。
 

●○●●○○●
一回透得雲關了 一回 雲関を透得し了って
○●○○●●◎
南北東西活路通 南北東西 活路通ず
●●○○●○●
夕處朝遊沒賓主 夕処朝遊 賓主を没し
●○●●●○◎
脚頭脚底起淸風 脚頭脚底 清風を起こす

今回は平仄表記を付しています。起句と承句が対句でもないのに、起句が踏み落とされているのがわかると思います。

五言絶句と対句は、のちに、

(16)「*上級編! 五言絶句と踏み落とし」
(27)「*上級編! 対句とは?」

で見ていきます。
 

・二四不同《にしふどう》

二字目と四字目を違う平仄にすることを二四不同といいます。同じでないから不同です。
 

・二六対《にろくつい》

二字目と六字目を同じ平仄にすることを二六対といいます。同じだから対です。
 

・一三五は論ぜず

一・三・五字目の平仄はどちらでもよいことを、一三五は論ぜずといいます。どちらでもよいので論ぜずです。
 

・下三連《かさんれん》を禁ず

下三字は連続で同じ平仄(○○○ or ●●●)にしてはならないことを、下三連を禁ずといいます。
 

・四字目の孤平《こひょう》を禁ず

四字目が○の場合、その上下両方が●であってはならないことを四字目の孤平を禁ずといいます。孤独な平声(○)だから孤平です。
 

・同字重出《どうじちょうしゅつ》を禁ず

同じ字を二回以上使ってはならない(同じ句の中ではよい)ことを同字重出を禁ずといいます。

これについては、のちに、

(17)「*上級編! 同字重出の禁は守られているか?」

で見ていきます。
 

・一韻到底格《いちいんとうていかく》

すべて同一の韻で押韻することを一韻到底格といいます。一つの韻で、最後まで行きつく(=到底)格式なので、一韻到底格です。一韻到底格があるということは、途中で韻が変わる形式もあるということです。古体詩に限ってのことですが、これを換韻といいます。

当然ですが、一韻到底格の方が作るのが難しくなります。七言絶句では通常、三回押韻しなければなりませんが、最後に二十句にもわたる一韻到底格を見てみましょう。


中原還逐鹿 中原 還た鹿を逐い
投筆事戎軒 筆を投じて 戎軒を事とす
縱橫計不就 縦横 計 就らざるも
慷慨志猶存 慷慨 志 猶存す
杖策謁天子 策を杖つきて 天子に謁し
驅馬出關門 馬を駆りて 関門を出ず
請纓繫南越 纓を請いて 南越を繋ぎ
憑軾下東藩 軾に憑りて 東藩を下さん
鬱紆陟高岫 鬱紆として 高岫に陟り
出沒望平原 出没して 平原を望む
古木鳴寒鳥 古木 寒鳥鳴き
空山啼夜猿 空山 夜猿啼く
既傷千里目 既に千里の目を傷ましめ
還驚九折魂 還た九折の魂を驚かす
豈不憚艱險 豈に艱険を憚らざらんや
深懷國士恩 深く国士の恩を懐う
季布無二諾 季布に二諾無く
侯嬴重一言 侯嬴は一言を重んず
人生感意氣 人生 意気に感ず
功名誰復論 功名 誰か復た論ぜん
 

「述懷」魏徴

中原 … 古代中国の中央部
戎軒 … 兵車、転じて軍事
縱橫 … 軍略、張儀の合従連衡の策による
慷慨 … 憤りと嘆き
策 … 馬の鞭
纓 … 冠の紐、ここでは捕縛ための縄
憑軾 … 車のしきみによりかかる
東藩 … 東方の属国
鬱紆 … 山道の曲がりくねっているさま
高岫 … 高い峰
出沒 … 山道の起伏があるさま
九折 … 長きにわたる辛苦のみちのり
艱険 … 艱難辛苦
季布 … 項羽の将
侯嬴 … 戦国時代の魏の隠者

中原にまた鹿(天下)を追い求め、
文官をやめて軍務についた。
わが軍略が成就することはなかったが、
この憤りと嘆きによる志はなお尽きることはない。
出陣の準備をして皇帝陛下に謁見し、
軍馬を駆って関所を越えて攻め入った。
(終軍が)南越王捕縛の命令を請うたように、
(酈食其が)車に乗ったまま東方の属国を説き伏せたように、
(われも武力、智略を以て敵を降伏させよう。)
曲がりくねった山道を進み高い峰まで登り、
また起伏の激しい山道を進み平原を望む。
冬枯れの林には寒々しく鳥の声が響き、
寂しげな夜の山には猿の叫び声が聞こえてくる。
すでにこの遥かな眺望もわが心を悲しませるというのに、
さらに長きにわたる辛苦のみちのりは魂をも驚かせる。
どうして艱難辛苦をはばかろうか!
深く忠孝の士の恩を思う。
季布に虚言はなく、
侯嬴は一言の信義のためにその命を絶った。
人はその心意気に感ずるのであって、
誰が功名などを問題にしようか!

最後の二句が大変有名で人口に膾炙していますが、内容そのものは引用が非常に多く、また、中国の歴史や地理を知っていないとわからない部分が多いです。訳註が大変多くなってしまいました。

五言古詩「軒、存、門、藩、原、猿、魂、恩、言、論」上平声・十三元の押韻です。韻に一度の重複もなく、詩文としての内容に一切の破綻もありません。まさに漢字パズルです。このような詩を作ることができたら、さぞ爽快でしょう。

→(14)「*上級編! 平仄式は自分で作ることができる」へ

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