初めての人のための漢詩講座 30

平兮 明鏡
2022/2/15

第三章 漢詩を作ろう

*上級編! 禅宗における漢詩(3)

ここではまた、祖師録「無門関」「碧巌録」から禅宗の漢詩を見ていきたいと思います。

無門関と碧巌録は、臨済録のような特定の一人の言行録ではなく、いろいろな禅師のエピソードの寄せ集めになっています。無門関は無門慧開《むもんえかい》禅師によって、碧巌録は雪竇重顕《せっちょうじゅうけん》禅師によってまとめられたテキストで、修行僧のための講義(提唱)禅問答(公案)に用いられてきました。

各章(則)の最後には両禅師が偈を呈しています。その本則の内容を受けての偈ですので、本則の内容がわかっていないと、なかなか理解しにくいですが、ここでは本則の内容までは説明できませんので、比較的わかりやすいものを取り上げていきます。

無門関・第十九則「平常是れ道《びょうじょうこれどう》」

○●●○○●●
春有百花秋有月 春に百花有り 秋に月有り
●●○○○●●
夏有涼風冬有雪 夏に涼風有り 冬に雪有り
●○○●●○○
若無閑事挂心頭 若し閑事の心頭に挂ること無くんば
●●○○●○●
便是人間好時節 便ち是れ 人間の好時節

春には花が咲き誇り、秋には月が美しく、
夏には風が爽やかに吹き、冬には雪の凛とした趣がある。
もし、余計なことに思い煩うことさえなければ、
いつであってもこの世の中は好時節なのだ。

人間《じんかん》」は人間《にんげん》という意味ではなく、人の世という意味です。

前半では、春夏秋冬それぞれの風光を並べ、後半では、その四季の中での心のあり方を説いています。スラリとまとまったわかりやすい偈です。

禅宗では自分の置かれた環境を問うよりも、その環境でどう生きていくかを重視します。春夏秋冬、どの季節であってもその素晴らしさを見出していくことができるのであれば、いつ何どきであっても好時節となるのです(参考:禅の名僧「趙州従諗」)。

七言古詩。「雪」「節」(「月」)入声・九屑(六月)の押韻です。

無門関・第二十則「大力量の人」

○●●○○●●
擡脚踏翻香水海 脚を擡げて 踏翻す 香水海
○○●●●○◎
低頭俯視四禪天 頭を低れて 俯して視る 四禅天
●●●○○●●
一箇渾身無處著 一箇の渾身 著くるに処無し

請續一句    請う一句を続げ

脚をもたげて蹴飛ばす香水海。
見下ろして眼下に収める四禅天。
この身一つ、さて一体どこに置いたものか。

「香水海」は仏教的宇宙観における世界を取り巻く大海、「四禅天」は全世界をすっぽりと覆う大虚空です。

大海を蹴飛ばして、天を見下ろす。スケールの大きいどころか常識を超えた世界ですが、では、その常識を超えた世界でどうやって生きていくのか?

「請う一句を続《つ》げ」

なんと無門禅師、ここで結句は自分で作れと言います。この偈が七言絶句であるならば、仄起式・拗体、起句踏み落とし、下平声・一先の押韻になるはずなので、結句の平仄は「*○*●●○◎」となります。

結句を読み手に委ねるとは、とんでもない型破りですが、この問いかけこそがこの偈の真意であり、各々が作った結句のみが真の結句になるのではないでしょうか。常識を超えていくのが禅です。天地と一体になって、さらに天地を超えていった先を持ち来《きた》ってください。

碧巌録・第四十七則「雲門の六不収《ろくふしゅう》」

●●○●●●
一二三四五六  一二三四五六
●●○○●●●
碧眼胡僧數不足 碧眼の胡僧も 数え足らず
●○●●●○○
少林謾道付神光 少林 謾りに道う 神光に付すと
●○●●○○●
卷衣又説歸天竺 衣を巻いて 又説く 天竺に帰ると
○●○○○●○
天竺茫茫無處尋 天竺 茫々として 尋ぬるに処無し
●○●●●○●
夜來却對乳峰宿 夜来 却って乳峰に対して宿す

一二三四五六。
碧眼の胡僧でさえ数えきることはできないのに、
どうして、みだりに嵩山・少林寺で神光に法を伝えたなどと言うのか。
そしてまた衣をまくり上げて、天竺に帰るなどと言う。
天竺は果てしなく尋ねる処とてないが、
何のことはない、昨夜からこの乳峰にいるではないか。

「一二三四五六」これは本則に絡んでてくるところで非常に難解です。ここでは仮に仏の本体と考えてみてください。

「碧眼の胡僧」とは禅宗初祖・達磨大師のこと、「神光」とは禅宗二祖・慧可大師のことです。「天竺」はインド。インドに帰った達磨大師を探そうしても、その所在など知る由もない。

「乳峰」は、この偈を作った雪竇禅師が住した雪竇山のこと。仏の本体など探し回ってもどこにもない。自己の本心こそがそれだということです。最後にパッと光が射し、長年の重荷をストンと下ろすようなような、そんな安堵感を感じさせる終わりの句です。

雑言古詩。「六」「竺」「宿」(「足」)入声一屋(二沃)の押韻です。

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