初めての人のための漢詩講座 26
第三章 漢詩を作ろう
実際の作例
ジグゾーパズルにもピースをどこから当てはめていくのか、というのにコツがあるように、漢詩にも作っていく順番にコツがあります。
しかし、パズルのピースを当てはめる前に、あらかじめどんな絵のパズルにするのかを決める必要があります。詩語を探し出す前に、まずは「自分はどのような詩を作りたいのか?」ということを考えてみましょう。
ここでは、春の田園の風景を詠むことにします。詩語集の「春の田園」に関するページを開くと、イメージにピッタリ合う詩語が多く載っていますので、そこから選んでいきます。
・参照「*資料集! 詩語集とはどんなもの?」
漢詩を作り始めるとき、初心者は結句から作るのがよいとされています。これは、はじめに最後のオチを決めてしまった方が、ストーリーが作りやすいからです。
普通は起句から作り始めるものと思いがちですが、起句から作り始めると最終目的地が定まらず、あっちに行ったりこっちに行ったりで、散漫になってしまうのです。
漢詩は本来、どこから作り始めるという決まりはありません。自分に一番合った作り方をするのが一番です。しかし今回は、セオリーどおり結句から作り始めてみます。ここからは、漢詩創作シートに書き込みながら作っていきましょう。
1.結句下三字を決める
結句、特に結句下三字は、起承転結で一番大切なところです。物語の締めであり、もっとも印象的な言葉を配置しなければなりません。
詩語集をながめてイメージをふくらませます。春ののどかな田園を歩いています。その浮かんだ情景にピッタリ合う詩語を探していくのですが、ここで「憶舊時(旧時を思う)」という詩語が目に付きました。昔のことを思い出すという意味ですが、現在見ている春の光景と関係ないようなところが逆に面白いかもしれません。結句下三字は「憶舊時」に決定します。
起句 ・・ ・・ ・・・
承句 ・・ ・・ ・・・
転句 ・・ ・・ ・・・
結句 ・・ ・・ 憶舊時
実はこの結句下三字が決まった時点で、逆算でほとんどの平仄や韻が決まってしまいます。どのような理屈かは「*上級編! 平仄式は自分で作ることができる」を読んでください。
平仄と押韻は次のようになります。
起句 *● *○ *●◎(四支韻)
承句 *○ *● ●○◎(四支韻)
転句 *○ *● *○●
結句 *● ○○ 憶舊時
つまり、結句六字目が「舊(●)」なので、仄起式に決まってしまうのです。「時」が四支韻なので押韻も決まり、四字目が○の場合、その上下両方が●であってはならないというルール(四字目の孤平《こひょう》を禁ず)により、結句三字目の○も決定します(五字目の「憶」が●のため)。
このように、結句下三字が決まった時点でほとんどの平仄や韻が決まってしまうのです。
2.残りの句の下三字を決める
次は結句の残りの上四字を作ってしまってもよいのですが、押韻が決まったので、ここでもう残り句の下三字を決めてしまいましょう。なぜかというと、ここでストーリーの流れを明確にしておきたいからです。結句で昔のことを思い出すと決めたので、春の情景とそれをどう繋げていくかを考えておかなければいけません。
起承では、当初のイメージどおり春の情景を詠みます。そして、転句で過去を連想するようなことを登場させると結句の「憶舊時」に繋がるはずです。
詩語集から起句「草色宜(草色宜し)」、承句「半離披(半ば離披たり)」、転句「探春路(探春の路)」を選び出しました。「離披」とは花がぱっと開くようすのことです。
起句 *● *○ 草色宜
承句 *○ *● 半離披
転句 *○ *● 探春路
結句 *● ○○ 憶舊時
下三字だけでも、なんとなくストーリーが連想できるのではないでしょうか。
3.結句の上四字を作る
結句の上四字は「憶舊時」に合う二字を選び出していきます。上四字は文脈上、どうすれば昔のことを思い出すのかを言わないといけません。ここで「不識(識らず)」と「看花(花を看る)」という詩語を見つけました。「識らず」は、単に「知らない」という意味以外に「思わず、意識せずに」という意味があります。
起句 *● *○ 草色宜
承句 *○ *● 半離披
転句 *○ *● 探春路
結句 不識 看花 憶舊時
「識らず 花を看れば 旧時を憶う」花を見れば思わず昔のことを思い出す、という意味です。
4.転句の上四字を作る
転句は昔のことを言うと決めていました。「探春の路」とは「春を探る路」、春を見つけようと歩きながら花などを探しているという意味です。ここでは、過去のことを言っている「曾遊(曾て遊ぶ)」と「盡日」を選びます。
起句 *● *○ 草色宜
承句 *○ *● 半離披
転句 曾遊 盡日 探春路
結句 不識 看花 憶舊時
「曾て遊ぶ 尽日 探春の路」かつては一日中、春を探して歩いた路、という意味です。これで結句の「識らず花を看れば旧時を憶う」に繋がります。
5.残りの上四字を決める
起句と承句は単純に春の田園の光景を詠み込みます。このとき、起句は導入で、承句はそれを受けるという流れを意識しましょう。
起句は「田圃《でんぽ》」「歸來(帰り来《きた》る)」、承句は「東郊」「十里」を選びました。「田圃」は田畑のこと、「東郊」は春の野のことです。
起句 田圃 歸來 草色宜
承句 東郊 十里 半離披
転句 曾遊 盡日 探春路
結句 不識 看花 憶舊時
6.推敲する
これで、すべての文字が決まりましたが、しかし、これで完成ではありません。ここから一番重要な推敲が始まります。推敲とは、出来た詩をよりよくするためにさらに何度も作り直し再考することです。
この作例では、
・起句の「田圃に帰る」という表現がおかしい。
・結句の「昔を思い出す」は「子供のころを思い出す」とはっきり言った方がよい。
と、考え直しました。
「田圃」は「田舍《でんしゃ》」に、「舊時」は「少時」に改めます。「田舍」はいなかの家(日本語の故郷という意味はありません)、「少時」は子供のころという意味です。
このとき、平仄や韻は合っているか、ルール・文法をちゃんと守っているか、文意が通っているかなどもしっかり確認します。詩の題名は「春日田家」でよいでしょう。
○●○○●●◎
田舍歸來草色宜 田舎 帰り来れば 草色宜し
○○●●●○◎
東郊十里半離披 東郊 十里 半ば離披たり
○○●●●○●
曾遊盡日探春路 曾て遊ぶ 尽日 探春の路
●●○○●●◎
不識看花憶少時 識らず 花を看れば 少時を憶う
いなかに帰って来ると、草の色が青々としてみずみずしい。
春の野を十里ほど歩いていくと、花はすでに半ばは開いている。
そう、この路はかつて一日中、春の草花を探しまわった路。
今も花を見つけると、自然と子供のころを思い出す。
まだ推敲の余地はありますが、とりあえずはこれで完成です。完成したら何度も読み返して、自作の詩を味わってみましょう。今までの苦労がすべて報われ、創作で一番うれしい瞬間です。
おわりに
漢詩作りは文学、芸術であり創作活動、ものづくりです。ものづくりは楽しみながらするのが一番です。その喜びをみなさんに知ってもらいたいと思い、この講座を作りました。
それでは、そのものづくり、詩作とは一体何を詠んでいるのでしょうか?これや花とか月とか、詩に詠む対象のことを言っているのではありません。
詩の中に詠み込むもの……それは人の心です。
人の心を二十八字の中に写し込んだものが漢詩です。詩の内容が、ただ風景だけを詠んでいたものだったとしても、それは間違いなく作者の心情のあらわれなのです。
詩の世界には「寄物陳思(物に寄《あず》けて思いを陳べる)」という言葉があります。詩の中に詠み込んだ物に寄せて、作者が思いを陳べているのです。これはすべての文学、芸術に言えることです。絵画はもちろんのこと、写真にも撮った人の思いが込められています。
また、詩作の教えの一つに、「事実であっても必要ないものは詠まない、事実でなくても必要なものなら詠む」というのがあります。詩は「事実」ではなく、「真実」を詠むものだからです。
爛漫とした春の光景の中であっても、そこに落花のはかなさを見出したのならば、その命は失われます。
息遣いの絶えた冬の光景の中であっても、そこにまだ見ぬ命を見出したならば、新たな命が生まれます。
たとえ事実でなくとも、作者の心の中に確かにあったものなら、それはすでに存在している真実なのです。真実とは己が心の真実です。
創作のよろこびとは、この自己の発見に他なりません。自分の心を二十八の文字の中に描き出してください。そうすると、ものづくりの楽しさを感じるとともに、自分自身の本当の心を知ることができるはずです。
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