初めての人のための漢詩講座 25

平兮 明鏡
2021/12/1

第三章 漢詩を作ろう

*上級編! 旧字と新字について

今まで何も説明してきませんでしたが、白文と読み下し文で、同じ字のはずなのに使っている字が違うことに気づいたでしょうか?

本章で取り上げた「楓橋夜泊」です。

月落烏啼霜滿天 月落ち 烏啼いて 霜天に
江楓漁火愁眠 江楓 漁火 愁眠に
姑蘇城外寒山寺 姑蘇城外の寒山寺
夜半鐘到客船 夜半の鐘 客船に到る

起句「滿(満)」、承句「對(対)」、結句「聲(声)」の字が違うのがわかると思います。
このように漢詩では一般的に、白文には旧字を用い、読み下し文では新字を用います。

戦後、漢字の習得を容易にするため、一部の複雑な字を略して表記するようになったのですが、その戦前の複雑な字が旧字で、戦後に簡略化された字が新字です。今は改定されてから随分経ちましたので、旧字を知らない人も多いと思います。

本講座で出てきた字の中で、大きく変わるものをいくつか挙げてみましょう。

 學(学)・輕(軽)・覺(覚)・關(関)・處(処)・淸(清)・廣(広)
 劍(剣)・歸(帰)・樓(楼)・舊(旧)・來(来)・傳(伝)・臺(台)


このように旧字では字の形がまったく違うものも数多くあります。

それでは、なぜ漢詩では白文を旧字で表記するのでしょうか?

それは、旧字から新字に移行する際に、違う字を混同して同じ字にしてしまったからです。その結果、新字表記では平仄や意味が失われてしまい、漢詩としてのリズムや文意が保てなくなりました。

たとえば、「餘」という字は、新字では「余」と簡略化されたのですが、この二つの字は本来、違う字で意味が異なります。「餘」は「あまり」という意味で、「余」は「われ」という一人称です。よって、新字で表記した場合、この「余」という字が「あまり」という意味か「われ」という意味か判別できないのです。

「餘」と「余」は平仄や韻は変わりませんが、「蟲(いわゆる昆虫などの虫)」「虫(蛇のまむし)」の場合は、「蟲」が平声、「虫」は仄声と、平仄まで違います。

このような理由で、一般的には白文は旧字、日本語である読み下し文は新字で表記しますが、書籍によっては初心者にもわかりやすいようにと、白文も新字で書いているものもあります。この講座も初めて漢詩を作る人を対象としていますので、白文以外は、詩語集なども基本的に新字に統一しています。

旧字と新字は辞書を調べるとすぐにわかりますが、表記の仕方は辞書によって違います。旧字と新字以外にも、漢字は一つの字にいろんな字体があるので注意が必要です。

普段から白文を旧字で表記していると、自然と覚えていき古書や書画、碑文なども読めるようになりますので、是非旧字で書いてみてください。

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