漢詩徒然草(2)「智能手機」

平兮 明鏡
2021/6/1

《スマートフォン》

忽回宇宙電波奇 忽ち宇宙を回る 電波の奇なること
網絡地球都在伊 地球を網絡して 都ては伊に在り
俯瞰人間忘脚下 人間を俯瞰して 脚下を忘る
衆民路上小窗窺 衆民 路上 小窓を窺う

奇 … 不思議であること
網絡 … ネットワーク
俯瞰 … 高いところから見下ろすこと
人間 … 人の世(人間《にんげん》ではない)
小窗 … ここではスマホの画面のこと


今の時代は、手紙を送るのに紙すら使わなくなってきました。スマホで普段からSNSやメールのやりとりをしている人も多いと思います。これは言ってしまえば、空中を一瞬で飛んで来る電波の手紙です。本当に素晴らしい時代ですね。

忽回宇宙電波奇 忽ち宇宙を回る 電波の奇なること
網絡地球都在伊 地球を網絡して 都ては伊に在り

それではちょっと、紙すらなかった大昔の時代に跳んでみましょう。紙のない時代は、木や竹を細長い札状にして紐で繋げて、それに文字を書いていました。竹簡木簡といいます。

「睡虎地秦簡《すいこちしんかん》」と呼ばれる竹簡があります。中国の睡虎地というところで発見され、秦の時代の竹簡だったので、その名が付いています。秦は「秦の始皇帝」の秦です。ということは、今からなんと……2200年も前のものになります。

この睡虎地秦簡は、当時の役所に勤めていた役人の個人的な記録だったそうです。そんな大昔の記録、どんなことが書かれていたか想像もできないと思いますが、その内容には、

「妻が夫の言うことを聞かない」
「言うことを聞かないので夫が暴力を振るった」
「離婚をするなら役所にその届出をしなさい」

といったものが含まれていたそうです。今でもよく聞く話だと思いませんか?

今は、ずいぶんと便利な時代になりましたが、では、そんな便利な時代になったから夫婦喧嘩がなくなったかというと、そんなことはありません。紙すら使わなくなった現代の私たちも、紙すらなかった二千年以上前の人たちも、人間の悩みというものはいつの時代も変わらないということです。


2017年11月、中東のカタール・ドーハからインドネシアのバリ島に向かっていた航空機が、インド南部のチェンナイ空港に緊急着陸しました。

その理由は……乗客の夫婦喧嘩でした。妻が夫の浮気を機内で知って、逆上して暴れだしたそうです。乗務員さんが、なんとかなだめようとしたのですが、暴れるのを止めなかったため、その夫と子供といっしょに、インドで強制的に降ろされてしまいました。では、なぜ浮気がバレたかというと……、

寝ている夫の指を使ってスマホの指紋認証のロックを解除したそうです。夫の方は、この指紋認証があるから絶対バレないと思っていたのかもしれませんが、このようなハイテクがあっても、結局はこんな単純な方法でバレてしまいました。

私たちは人生を生きていく中で、さまざまな悩みを抱えています。それぞれの人にそれぞれの悩みがあるはずです。そんな悩みをスマホのような便利な道具が解決してくれるかというと……そんなことは決してありません。人生には悩みがつきものというのは、今後どんなに科学技術や文明が進歩しても変わることはないでしょう。

俯瞰人間忘脚下 人間を俯瞰して 脚下を忘る
衆民路上小窗窺 衆民 路上 小窓を窺う

大切なことは、しっかりと自分の足元を見ることです。結局は自分の心を調えないことには、この人生の悩みを解決することはできません。

決してスマホが悪いわけではありません。もちろん、歩きスマホは論外ですが、こんなに便利で素晴らしい道具は活用しない手はありません。しっかりと足元を確かめた上で、十分に使っていけばよいのです。もっとも筆者は、いまだにガラケーなのですが……。


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忽回宇宙電波奇 忽ち宇宙を回る 電波の奇なること
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網絡地球都在伊 地球を網絡して 都ては伊に在り
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俯瞰人間忘脚下 人間を俯瞰して 脚下を忘る
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衆民路上小窗窺 衆民 路上 小窓を窺う

平起式、「奇」「伊」「窺」上平声・四支の押韻です。

今回、スマホを題材に詩を作りましたが、李白や杜甫の時代には、もちろんスマホやインターネットはありません。私たちは現代に生きていますので、詠みたい題材が現代の風物である場合も多いのですが、詠みたくてもその単語、漢語そのものがない場合も少なくありません。

せっかく湧き起こった詩情です。ここは何とか詩にしたいものです。まず、現代中国語から借用するという手があります。今回の詩では「智能手機」「電波」「網絡」などがそれに当たります。中国語の辞書で、その単語が何というか調べてみましょう。最後の手段として、本来は和習で許されませんが、日本語を使うという手もあります。

あるいは、何かしら他のものに例えて置き換えることもできます。今回の詩では「小窗」です。なかなか表現が難しいでしょうが、前後の文脈をはっきりさせられれば、これがスマホの画面であることは読み手にも伝わるでしょう。是非、チャレンジしてみてください。

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