筆の手入れと保管の方法

野田 芳樹
2022/8/22

前回まで、4回にわたって文房四宝についての詳細をご紹介してきました。「筆編」を読んでくださったある方から、「筆の選び方については分かったけれど、実際に書いた後はどうやって手入れすればいいのでしょうか?」というご質問をいただきました。

そこで今回は、筆の洗い方と乾かし方、その後の保管方法についてお伝えしようと思います。筆の管理は書をたしなむ上での基本中の基本ですが、筆の寿命や書き心地、ひいては作品の出来・不出来にも大きく関わる大切なことです。

以下に、私の日ごろの筆の管理方法についてご紹介しますので、参考にしてみてください。


1.大筆の洗い方

まずは、大きなサイズの筆の洗い方からご紹介します。


お稽古を終えたあと、洗わずに筆を放置すると、すぐに墨がかたまってカチコチになってしまい、筆の寿命が短くなります。そのため筆を使い終わった後は、できるだけすぐに洗いましょう。


やり方は色々ありますが、私はいつも以下の写真のように洗っています。


適度な勢いで水を流し、蛇口から出る水には直接当てずに少し離れたところで筆を動かしてすすぎます。筆でトントンと軽くシンクを叩くようなイメージです。ポイントは、力を込め過ぎないこと。軽く優しく、墨が出て来なくなるまで上下にトントンと叩き続けましょう。水の温度が低いと墨の主成分である膠《にかわ》(動物性のたんぱく質)がうまく抜けてくれないため、ぬるま湯(目安:30~40℃)で洗うのが理想です。


ある程度まで墨が落ちたら(流れ出る墨色が薄くなってきたら)、今度は根元にたまった墨を出していきます。

上の写真のように、筆を回転させながら指で根元をグッグッと揉み、中にたまった墨を丁寧に出していきます。ここでも力を込め過ぎず、優しく穂先をいたわるように揉んでいきます。


外側からは見えませんが、穂が筆管《ひっかん》に埋め込まれている部分(さしこみ部分)にも墨が入り込んでいます。さしこみ部分に墨がたまっていくと徐々に根元が固まり、筆の性能が落ちる原因になります。全ての墨を洗い落すことはできませんが、「根元にも墨がたまっているかもしれない」ということを念頭に置き、時間をかけて揉みほぐすことをおすすめします。


洗い終えた後は指で穂先を調え、毛が絡まらないようまっすぐにします。洗い終えた後の保管方法は、以下3.で詳しくお伝えします。


2. 小筆の洗い方

小筆の洗い方は、大筆と大きく異なりますので注意が必要です。小筆の場合、根元までおろさず穂先のみを使用することが圧倒的に多いように思います。


大筆のような力の込め方で洗おうとすると、あっという間に根元までおりてしまい「繊細な文字を書く」という小筆としての基本機能を果たさなくため、いっそう慎重に洗う必要があります。大筆の時のように流水で洗うことがダメなわけではありませんが、扱いに慣れていない方にはおすすめしません。


その代わりの方法として、以下の写真のようにすすぐ方法があります。

使っていない器(墨色を目立たせるため、白色系が望ましい)などに水を数滴たらし、小筆をつけてすすぎます。ある程度すすいだらティッシュや反故紙などでふき取る→再び、皿の上のまっさらな水滴部分で穂先を濡らす→ふく…これの繰り返しです。


上の写真では、分かりやすいように水滴を4か所に分け、左下から時計回りに小筆をすすぎました。右下が最後にすすいだ箇所ですが、これくらいの色になったら終えてもよいと思います。


最後までおろしていない小筆は、穂先部分とのりで固められている根元部分の境目に墨がたまるので、完全に洗いきるのは不可能です。ですので、ある程度のところで割り切って止め、やりすぎないようにしましょう。


3. 筆の保管方法

小筆の場合、すすいだ後は筆置きなどに寝せてしっかり乾燥させましょう。もし筆置きなどがなければ、使った皿のふちなどを使うのも一案です。いずれにしても、穂先がどこかに接触しないよう浮かせられれば問題ありません。

小筆にキャップが付いている場合がありますが、乾燥しきるまではキャップをつけてはいけません。

大筆の場合は小筆と違い、寝せて乾燥させることはご法度です。なぜならば、寝せた状態だとさしこみ部分に水がたまった状態が長時間続き、毛が腐ってしまう可能性が高くなるからです。毛が腐ると抜け毛の原因になったり、場合によっては穂がまるごと筆管から抜けてしまうなど、大きな悪影響がでます。


根元に水をためないようにするには「吊るして乾かす」のが一番です。多くの大筆のお尻には輪っか状のひもがついていますが、あれは乾燥させる際にどこかに引っ掛けられるようについているものなのです。


筆を掛ける専用の道具に筆架《ひっか》があります。(以下の写真をご参照ください)

筆架にも様々な種類がありますので、持っている筆の本数やサイズに応じたものを選ぶとよいでしょう。筆架がない場合は、例えばフックを使ってどこかに引っ掛けて筆を吊るす、という手段もあります。私は日ごろ、ステンレス製の網棚に100円ショップで購入したフックをつけ「自家製筆架」をつくってそこに筆を掛けています。

フックの他、洗濯ばさみを使っている書家さんもいます。肝心なのは「穂先を下に向けて乾燥させること」なので、それができるように創意工夫してみてください。


完全に乾燥しきった後は、筆巻きに入れて保管することをおすすめします。通気性がよく持ち運びにも便利で、一つ持っていると重宝します。私の失敗談として、筆巻きを入手する前恥ずかしながらビニール袋に入れて筆を保管していたことがあるのですが、筆の水分が蒸発せず根腐れさせてしまったり、穂先が折れ曲がってダメにしてしまったことも…。


筆はとても繊細な道具ですので、丁寧に扱うことを心がけたいものです。

以上が筆の手入れと保管方法についてお伝えしましたが、様々なやり方がありますので上記は一例です。手入れ・保管方法によって筆の寿命が大きく変わり、ひいては作品の出来に大きく影響するということは間違いありませんので、もし「知らず知らず雑に扱ってしまっていた…」という方がいらっしゃれば、この記事を参考にぜひ筆をいたわってあげてください。

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