落款(署名と押印)の基本

野田 芳樹
2023/4/22

今回の記事では、「落款《らっかん》」の意義や入れ方についてお伝えしていきます。まず「落款」とは「落成款識《らくせいかんし》」の略で、書画が完成を迎えた際に作者の名を入れたり印を押したりすることをいいます。「落成」は何かが完成することを意味し、「款識」は署名や押印することを意味しています。ただのサインだと思って侮ってはいけません。「落款の出来で作品の良し悪しが左右される」と言われるほど、落款は重要です。

書の場合、主に作者の名前を書いたうえで印を押すことが一般的ですが、場合によっては作品を制作した年月日や季節、書いた場所・目的・心境などを記すこともあります。どの要素も必ず全て入れなければならないということはありませんが、最低限作品の作り手が誰なのかが分かるよう、署名と印は記すのがよいと思います。

落款を入れる際の書体については、一般的に作品本文と同じ書体か、一段柔らかい書体で書くのが望ましいと言われます。

【参考】

隷書・篆書作品の場合 → 落款は行書か行草書
楷書作品の場合    → 落款は行書か行草書
行書作品の場合    → 落款は行書または草書
草書作品の場合    → 落款は草書

落款も大切な作品の一部ですので、全体の流れを断ち切らないためにも作品を書くごとに落款を入れることを習慣にしましょう。その際、違う筆で落款を書くのではなく同じ筆で書くのが調和を保つコツです。

右は署名・印のみ、左は書いた年・季節を入れた作品です。「癸卯春日《みずのとうしゅんじつ》芳樹臨」


上の写真のように、自分のオリジナルではなく書の古典作品を模して書いた作品の場合は、署名の下に「臨《りん》」と入れます。「誰々が古典作品を臨書《りんしょ》(=古典を手本にして書くこと)しましたよ」という意味です。

作品の余白の加減で署名が書けない(=書くスペースがない)場合や、作品全体のバランスを考慮した場合に署名を書くと作品の調和が崩れる場合があります。その際は、押印のみでも大丈夫です。

左の作品は文字が少し大きく余白が狭くなっているため、印のみ押してあります。


紙の余白と墨の黒で構成される書の作品に朱色で印をいれると、作品全体が締まります。私の経験上、印を打った作品と印の無い作品では、同じ内容・構成で書いてあったとしてもまったく印象が違ってきます。これは半紙や半切などの書道用紙に書く場合に限らず、手紙や色紙などに書く場合にも同じことが言えますので、皆さまも手紙などで署名をする場面があれば、ぜひご自身の印を用意して押してみてください。

左は印なし、右は署名・印あり。赤色が入った方が全体が引き締まる感じがあります。


印には大きさや形状、素材などの違いで様々な種類がありますが、第一におさえるべきは「白文」「朱文」の違いでしょう。白文とは、文字部分が彫られており押印すると文字が白抜きであらわれてくるものです。一方朱文とは、文字以外の部分が彫られていて、押印すると文字が朱線であらわれてくるものをいいます。


主観ですが、白文は朱色が強く出るため、紙面いっぱいに文字を書く場合や、太く力強い線で表現した作品によりマッチします。反対に朱文は白部分が多いため、余白を活かした柔らかい作品との相性がよいでしょう。白文と朱文、どちらを押すかは個々のセンスによります。どちらを押しても大丈夫ですが、書作品自体の印象や余白のバランスを考慮し、自分なりの狙いをもって選択することが大切です。

落款を入れることは、自分自身で作品全体の調和を見直す「総仕上げ」としてとても大事な作業です。この記事を参考にしていただきながら、ぜひ落款の入れ方をご自身なりに研究してみてください。





*今回の記事をもって、「禅書庵」の定期連載は一区切りとさせていただきます。今後、また何か催しなどがあればご報告いたしますので、その際にはぜひご愛読ください。ZENzine全体ではこれからも様々な記事がアップされていきますので、引き続きお楽しみいただけましたら幸いです。

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