漢詩徒然草(32)「此路我羈」

平兮 明鏡
2023/12/1

此路我羈無際續 此の路 我が羈 際無く続く
相逢相別歲華回 相逢い 相別れ 歳華回る
今猶不盡少年思 今 猶 尽きず 少年の思い
步步綿綿向未來 歩々 綿々 未来に向かう

歲華 … 歳月
步步 … 一歩一歩
綿綿 … 長く続いて絶えないさま


この詩題を見て、その世代のゲームマニアの人はピンときたかもしれません。実は今回の詩は、国民的RPGゲーム『ドラゴンクエストⅡ悪霊の神々』のエンディングテーマ「この道わが旅」(作曲:すぎやまこういち 作詞:藤公之介)のサビのパートの訳詩なのです。
 

この道 わが旅 果てしなくつづく
出会いと別れを くり返しながら
いま 夢を熱く燃えたぎらせ
あしたへあしたへ 歩き出す

子供のころは特に気にしていなかった歌詞も、大人になって改めて読んでみると、いろいろと心に訴えてくるものがあります。というのも、この歌詞は大人になった私たちに「あなたは、今でも夢を持っていますか?」と問いかけているように思えるからです。そんな思いに駆られて、今回、この歌詞を漢詩に訳してみました。


子供のころは、「将来の夢」というものがあるのかもしれませんが、大人になってからは、なかなかそのようなことを考える機会はありません。日々の仕事に追われ、夢は日常の中で埋没してしまいます。大人にとって「将来」とは、仕事や人生計画の到達地点であって、「夢」ではなくなってしまっているのではないでしょうか。

しかし、この歌は、そんな私たちに「いや、今でも少年時代の夢はあるんだよ」と語りかけてきます。
 

少年時代の 見果てぬあの夢
今でも心に いだきつづけてる
いま 朝焼けの空を見上げて
しきりにこの胸 疼かせる

子供のころの夢が叶った人、叶わなかった人、それぞれいると思います。そんな夢など忘れてしまったという人もいるかもしれません。そう考える人たちにとって、夢は過去のものになっていることでしょう。あるいは、少年時代の夢とは、やはりノスタルジーや未練に過ぎないのでしょうか?

この歌は、そんな人生を「旅」に喩《たと》えています。そこに、この夢の所在を解き明かす鍵があります。


普通の旅には目的地がありますが、人生の旅には目的地はありません。これは「人生にはゴールがない」ともいえるでしょう。

人生には、いろんな節目があります。例えば、大学受験で念願叶ってその志望する大学に入学できたとして、では、そこが人生のゴールになるかといえば、もちろん、そんなことはありません。むしろ、そこからが新しい生活のスタートになるはずです。

では、大学生活が終わったあとはどうでしょうか?卒業後は?就職後は?仕事をバリバリとこなす時代もあるでしょうが、やがて年をとって定年がやってきます。退職後はどうでしょうか?どこにも人生のゴールなんてものはありません。

そう考えると、人生とは終わりのない永遠の旅ともいえますそして、幼年期・青年期・壮年期・老年期、いつの時代であっても、本当は夢は私たちといつもいっしょだったのではないでしょうか。

夢とは、どこかで始まって、どこかで終わるものではなく、ともに人生の旅路を歩んでゆく道づれなのです。ということは、夢とはもう一人の自分なのかもしれません。
 

履きつぶしてきた靴の数と
同じだけの夢たち
時には見失って 探して
やがて追いつき……

ここで、冒頭の歌詞に続きます。
 

この道 わが旅 果てしなくつづく
出会いと別れを くり返しながら
いま 夢を熱く燃えたぎらせ
あしたへあしたへ 歩き出す

出会いと別れを繰り返す人生。それは何も人との邂逅や離別だけではないはずです。いろんな体験や出来事、そして……「夢」。そんな出会いと別れを繰り返しながら、歳月は遷《うつ》ってゆきます。

始まりにあった「今でも夢を持っていますか?」という、この歌の問いかけ。夢が日常に埋没してしまっているなら、掘り起こせばよいのです。「この道わが旅」――私たちが、夢を熱く燃えたぎらせて、また一歩、また一歩と進む道そのものが、果てしなくつづく人生の旅路となってゆくのですから。


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此路我羈無際續 此の路 我が羈 際無く続く
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相逢相別歲華回 相逢い 相別れ 歳華回る
○○●●●○●
今猶不盡少年思 今 猶 尽きず 少年の思い
●●○○●●◎
步步綿綿向未來 歩々 綿々 未来に向かう

仄起式、起句踏み落とし「回」「來」上平声・十灰の押韻です。

今回は「夢」をテーマにしたお話でしたが、漢語の「夢」には「将来の夢」といったような「希望・望み」という意味はありません。よって、漢詩では使えず、何らかの言葉に言い換えなければなりません。訳詩は、漢文の用法をきっちり守った上で、原作の趣旨やニュアンスを表現しないとけないのが難しいところです。

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