安らかな心を養う”読経のチカラ”

河又 宗道
2024/4/15

お経とは一体何でしょうか?

一見、ただ漢字が並んでいて、訳の分からない言葉の羅列のように思えるかもしれませんが、もちろん、ちゃんと内容があります。

私たちの人生には多くの迷いや苦しみがありますが、お経には、その迷いや苦しみから抜け出して、安らかな心で生きていくための方法が書かれています。約2500年前、お釈迦様が説かれた仏教の教えを、後世の人が文章にした人生のガイドブックがお経なのです。

仏教には、数多くの経典がありますが、例えば禅人で公開されている『読経「般若心経」~一緒に唱えましょう』の「般若心経」は、仏の教えをわずか漢字260文字で表した、もっとも有名なお経の一つです。


ところで皆さん、ガイドブックはどのように活用されていますか?

ガイドブックとは、いわゆる手引書、指南書ですので、書かれていることを読んで理解した上で、学んで、実践していくものだとお思いではないでしょうか?

先程、述べたようにお経もガイドブックです。内容を学んで、理解して、実践していくべきものです。しかし、実はお経には他のガイドブックとは決定的に違う点があります。それは、お経は唱えるだけでその効力がある、と言われている点です。

「そんな馬鹿な!」と思われたのではないでしょうか?ガイドブックなのに、その内容を理解せず実践しなくても効力があるというのは、明らかに理屈に適っていません。これはいったいどういうことでしょうか?

その理由を一言でいうと、お経は一心に読むことにより、心を安らかにするチカラがあるからです。

お経は人生のガイドブックです。その目的は、人生の迷いから抜け出すことにあります。しかし、お経を読むこと自体が、安らかな心を得ることに繋がるのですから、それは、すでにお経に書かれている内容を実践するのと同じことになっているのです。


お経を唱えるときは、

1.まずは背筋をまっすぐに伸ばして、姿勢を調えます。
2.次に空気をお腹まで深くゆっくりと入れて呼吸を調えます。
3.そして、いよいよ声に出して読むときには、ただひたすらに文字を追って唱えあげ、心を調えます。

これは、実は坐禅と同じことなのです。

読経とは、声に出す坐禅です。坐禅には、1.調身、2.調息、3.調心、という三つの要素があります。姿勢を調え、呼吸を調え、心を調えて、雑念を払って集中して坐ることで、惑いやとらわれから離れて、自身の本来の居場所へと立ち返ります。読経は、全くこれと同じことをしている修行といえます。

ゆえに、お経はガイドブックでありながら、声に出して読むだけで、迷いから抜け出して安らかな心になれると言われているのです。


私が道場で修行していた時、「お経は大きな声でハッキリと」「下手でもいいから、とにかく一所懸命に声を出すように」と先輩から教わりました。

しかし、初めのうちは経本の文字を目で追うだけで一苦労。なかなか上手くいきません。さらに、「間違えずに読まなければ」という思いで頭が一杯になってしまい、焦りのせいで声が詰まってしまいます。

そのように上手く読めないことに悩んでいたころ、お経との向き合い方が180度変わるきっかけとなる、大きな出来事がありました。それは生前に懇意にして頂いた方の法事の時のことでした。

お経を唱えようとすると、その方がお元気だった頃の懐かしいお顔が目に浮かんできました。

「大切にご供養して差し上げたい…」私は背筋をグッと伸ばし、大きく息を吸い込んで、故人に届くようにと願いながら読経を始めました。

腹の底から声を出し、一生懸命にお経を唱えました。木魚のリズムに合わせてお唱えしていると、いつものように詰まることもなく、焦りを感じることもなく、あっという間に読経は終わりました。

法事のあと、私は何とも言えない清々しい心持ちになりました。思い返してみると、何も考えずに一心にお経を唱えることができたことに気づきました。それはとても安らかで充実した時間でした。修行を始めてしばらく経っていましたが、「お経を唱えるって、こういうことだったのか」と、初めて納得することができたのです。

「下手でもいいから、とにかく一所懸命に声を出すように」という先輩の言葉が、自然と理解出来ました。そして、まだまだ未熟な修行僧ではありましたが、私の思いが故人に届いたような気がしました。


お経には人生の迷いや苦しみから抜け出して、安らかな心で生きていくための教えが書かれています。お経に書いてある内容の意味を理解するのは、もちろん大切なことです。禅人でも「般若心経」の解説を掲載しています。

しかし、お経を読むことで、坐禅と同じ安らかな心持ちになれるという体験を、ぜひ皆さんにもしていただきたいと願っています。

お経を声に出して唱えることは、安らかな心を養い、それによって私たちが目の前の物事と真剣に向き合うことに繋がります。それこそが禅の修行のチカラ、”読経のチカラ”なのです。
 

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