輪廻を信じなければ仏教は成立しない?

佐々木 閑
2021/9/8

皆様、ごきげんよう。仏教学者の佐々木閑です。この連載では、皆様からの質問に私がお答えします。仏教やお釈迦様に関する質問だけでなく、思いついたこと、なんでもいろいろ聞いて下さい。全部お答えすることはできませんが、面白い質問や大切な質問を取り上げて、できるだけ分かりやすくお答えします。
ただし、禅については禅宗のお坊さんに聞いて下さいね。
 

Question :

お釈迦さまの教えは輪廻から抜け出すのを目的としていると聞きます。しかし、現代ではその概念自体が希薄になっています。輪廻が前提にないと仏教は成り立たないのでしょうか?

(ペンネーム「トリカルボン」さんの質問)


Answer :

お釈迦様は「修行によって智慧を磨いた人は、自分がもう二度とこの世に生まれてこないことを究極の安楽だと考え、安らかに一生を終えることができる」と説かれました。私たちは古代のインド人のように輪廻を信じることはできませんが、「死んだら二度と生まれ変わらないだろう」と思いながら生きている現代人にこそ、仏教は力強い支えとなるのです。

 

お釈迦様は2500年前のインドで仏教をお作りになりましたが、その頃のインドの人たちは、社会全体が輪廻という現象を信じていました。

生き物はみな、天(神々)畜生(動物)餓鬼地獄という5種類の世界の中で、死んで生まれてまた死んで、というサイクルを永遠に繰り返すというのです(後代になると阿修羅が加わって6種類になります)。

どこに生まれるかは、その人がおこなった行為の善し悪しによって自然に決まっていきます。良いおこないをすれば、その力によって、天の神々や恵まれた人間に生まれますし、悪いことをすれば、困窮した人間や動物や地獄に生まれるというのです。

しかしどこに生まれようが、寿命がくればまた死にますから(神々や地獄の亡者も、時間がたつと死ぬのです)、結局は、誰もが同じようにグルグルと回るだけで、究極の幸せというものは手に入りません。

そして、私たちを輪廻させるそのパワーの源が「業《ごう》」なのです。私たちは、自分で作った業の力によって否応なく、永遠に輪廻を続けなければならないのです。



「いつまでも生き続けられるのだから、輪廻はいいことじゃないか」と考える人は、お釈迦様の時代にも大勢いました。それはそれで少しも構いません。

「いつまでも生き続けることこそが幸せの条件だ」と考える人は、輪廻を良い事として受け入れ、沢山善業を積んで、良い所に生まれようとします。「生きることは幸せである」と考える人たちです。お釈迦様は、「それはそれでよい、人としては当然の考えだ」と認めておられました。

しかし、そういった人たちに仏教は無用の長物です。

お釈迦様が仏教をお作りになった理由は、「いつまでも生き続けることは、本当は苦しみの連続だ。生きることはつらいことだ」と思い悩む人たちを救うことでした。

ですからお釈迦様は、「私の輪廻生活もこれで終わりだ、二度と生まれ変わらなくてもよいのだ、という確信を持って生きることのできる人こそが究極の安楽を得る」とお説きになり、その言葉を頼って集まってくる人たちを、出家者として受け入れました。それが仏教という宗教の本来の姿なのです。

お釈迦様の教えによれば、私たちが輪廻するのは業をつくるからであり、その業は私たちの心の内にある様々な煩悩、特に「世の中の在り方を正しく見極めることのできない愚かさ」によって生み出されるといいます。この煩悩を無明《むみょう》といいます。

ですから、智慧《ちえ》を磨き、我欲を捨て、心を清らかにして暮らせば、業の力から解放されて、輪廻を止めることができる、とおっしゃったのです。これが仏道修行の意味です。



さて、そこでご質問ですが、現代社会の私たちは古代のインド人のように、輪廻という現象を信じることができません。地面の下に地獄があるとか、空の上に神様たちが棲んでいるなどと心底信じることのできる人はほとんどいないでしょう。

でもそうすると、お釈迦様の教えは無意味なものになるのでしょうか。

ここがとても大切な点ですが、お釈迦様は、修行によって智慧を磨いた人は、自分がもう二度とこの世に生まれてこないことを究極の安楽だと考え、安らかに一生を終えることができるとおっしゃったのです。

現代の私たちは大方の人が、「自分はもう二度とこの世に生まれてこないだろう。人生は一度きりだ」と考え、そしてそれを恐れ、怖がって、死から逃れようとします。

しかし、そこにお釈迦様の教えを重ねてみると、「二度と生まれ変わらないということを恐れている人が、智慧を磨くことで、その二度と生まれ変わらない人生こそが究極の安楽への道だということに気がつく」ということになります。

お釈迦様の教えが、「恐ろしい死」を「安らかな落ち着きどころとしての死」へと変えてくれるのです。

お釈迦様の教えは、「死んだら二度と生まれ変わらないだろう」と思いながら生きている現代人にこそ、力強い支えとなるのです。

輪廻や業といった、お釈迦様時代の世界観を受け入れることのできない現代社会にあっても、その教えには、私たちの苦悩を取り除いてくれる素晴らしい力があるということがお分かりいただけたでしょうか。

大切な問題なので回答が長くなってしまいました。ご容赦ください。


 


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