煩悩は消せますか?

佐々木 閑
2021/5/8

皆様、ごきげんよう。仏教学者の佐々木閑です。この連載では、皆様からの質問に私がお答えします。仏教やお釈迦様に関する質問だけでなく、思いついたこと、なんでもいろいろ聞いて下さい。全部お答えすることはできませんが、面白い質問や大切な質問を取り上げて、できるだけ分かりやすくお答えします。
ただし、禅については禅宗のお坊さんに聞いて下さいね。
 

Question :

煩悩は消せますか?知人から「お前の頭の中は煩悩で一杯だ!」と叱られました。私から見たら、その人も煩悩だらけに見えるのですが

(「匿名希望」さんの質問)


Answer :

その人がそうしたいと願うなら、必ずできます「煩悩を捨てる」というのは、「正しい判断のできる人になる」ということなのです。

 
私達は、日頃の暮らしの中で、「幸せになりたい」と願いながら暮らしています。「私は不幸になりたい」などと思って暮らしている人は誰もいません。それなのにいろいろな場面で私達は自分で不幸を生み出しています。

執着する必要がないことに執着したり、憎まなくてよいものを憎んだり、白黒50%のことなのに、「自分にとって都合がよいから」というただそれだけの理由で根拠もなく白の方を選んだり、なにかにつけ間違った判断をくだし、その結果、自分で自分の行き先を狭めていき、最後には苦しみにさいなまれる。そのような、私達を間違った判断と愚かな行動へと導く心の作用のことを「煩悩」といいます。

煩悩とは、なにか心の中にある「汚いもの」ではなく、心の「間違った働き」を指します。ですから「煩悩を消せますか」という問いは、心の中にある煩悩という一個の「もの」を取り出して捨てることができるか、という問いなのではなく、心が起こす間違った作用を止めて、正しく働かせることができるか、という問いなのです。「煩悩を捨てる」というのは、「正しい判断のできる人になる」ということの別の言い方です。

ですからその答は、「その人がそうしたいと願うなら、必ずできる」です。

私たちはこの世にオギャーと生まれてから、親に育てられ、先生に教えられ、友達から助言を受け、そして自分自身で反省しながら、ここまで育ってきました。その間ずっと、自分を変えながら生きてきたのです。「自分を正しい方向に変えていく」というのは誰もがやってきたことなのです。

煩悩を消すということは、その努力を、これから先もずっと続けていくということです。今までやってきたことを続けてやる、というのですから、できるに決まっています。消そうと思わない人の煩悩は決して消えませんが、消そうと努力すれば、その人の煩悩は必ず消えるということです。
 



「お前は煩悩だらけだ」と言う知人の方がどのような人なのか知らないのでなんとも言えませんが、もしその人が悟りを開いた人なら、その人の言うことは真実でしょう。

悟りを開いていない人なら「この人は悟っていないくせに偉そうなことを言う」などとは思わずに、「人は、自分のことより相手の悪いところの方がよく見える。この人の言うことにも一理あるなあ」と受け取って、自己反省の材料にするのがよいでしょう。

そういった受け取り方を心がけるのもまた、煩悩を消すための大切な道です。
 


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