インドではよくある光景 Photo by H.Kameyama

正しさを求めない生き方とは?

野田 峰照
2022/8/15

「正しい」とは一体どういうことでしょうか?

学校の試験問題は、「正しい答え」が明確に決まっていて、その答えさえ書けば合格です。それは当然なのですが、しかし、世の中の問題や人生の悩みに当てはめてみるとどうでしょうか?

私たちは、人生の問題でも「正しい答え」を見つけ解決したいと思うものですが、一体何が正しいのか、間違っているのか、なかなか見つけ出すことができません。なぜなら、そんなものははじめから存在しないものだからです。


中国・禅宗三祖の僧璨禅師《そうさんぜんじ》の言葉に「至道無難唯嫌揀択《しいどうぶなんゆいけんけんじゃく》」というものがあります。「正しい道を進むのは難しいことではない。ただし、それは選り好みを嫌う」という意味で、「選り好みを嫌う」とは、好き嫌いに「とらわれる」ことです。

人がこの「とらわれる」という状態に陥ってしまう原因は、正しいこと、あるいは「善」や「優」などの好ましいものに固執し、それ以外は間違っていると思い込んでしまうことにあります。仏教では、これこそが迷いを生じ、心の自由を奪っていると考えます。

はじめに言いましたように、絶対的に正しいことや間違っていることなどは、どこを探してもないのです。それなのに、人はあちこちを探し回って、これこそが正しいものなんだと勝手に思い込んで、それを自分自身で抱え込んで、そこに「とらわれて」しまいます。

それでは、その「とらわれ」から離れて自由闊達に生きるには、どのようにすればよいのでしょうか?


こんな疑問を持っている人がいました。

日本でよく見かける「他人に迷惑をかけてはいけない」という考え方は正しいことではあるが、逆を言えば、迷惑をかけること自体が許されなくなってしまうのではないか、そしてそれは、人を責めることに繋がっていくのではないか?しばらくはこの疑問について悶々と悩んだそうです。

その疑問は、旅先のインドで思いがけず解消されることになります。

インドの人々には、「人はみな迷惑をかけるものだから、他人を許しましょう」というような大らかな気質があり、迷惑をかけた人もかけられた人も、それほど気にする雰囲気はありません。その様子を見ながら、やはり「人を責めるのではなく、寛容な心こそが大切だ」と、改めて思ったそうです。

ところが帰国後にテレビを観たその人は、日本中を騒がせていた迷惑行為のニュースを目の当たりにして、インド人的な考え方に新たな疑問を感じました。「迷惑をかけても許されるなら、他人にも配慮しない人が増えるのではないか?」と。

そうなると、「他人に迷惑をかけてはいけない」という言葉と、「人はみな迷惑をかけるものだから、他人を許しましょう」という言葉は、結局はどちらも「正しい」とは言えなくなってしまいます。

そうして、ようやく辿り付いた答えは、「どちらか正しい方をひとつだけ選ぶ必要はない」でした。

つまり、自分に対しては、「他人に迷惑をかけてはいけない」と厳しく言い聞かせ、他人から受ける迷惑には「人はみな迷惑をかけるものだから、他人を許しましょう」と寛容になればいいのです。

「他人に迷惑をかけてはいけない」も「人はみな迷惑をかけるものだから、他人を許しましょう」も、どちらも正しいことであり、同時にどちらも正しくない場合もあります。

だとしたら、今の自分にできることとは、どちらが正しいとは決め付けず、その場その場で自由自在、縦横無尽に働きかけ、「とらわれない」生き方をすることだけなのではないでしょうか。

そう思えた時、その人の心はとても楽になったそうです。


この話は、私たちの人生とは、正しい道を選んでいくのではなく、生きた道が正しくなる、そんな生き方をするものなのだと考えさせてくれます。

もちろん、この人も答えが簡単に出たわけではないようです。悩み続け、他人と意見が分かれたりして、時間をかけて考え抜いて、これからも生きていくのでしょう。

しかし、それこそが、僧璨禅師が逆に「無難である」と言った理由であるようにも思えます。「正解がない」ことほど、シンプルなことはありません。何が正しいかという正解を見つけるのではなく、悩みながらでも恥じることのない生き方をすること、それこそが「正しい」人生の道のりです。

もし今、悩みを抱えて生き方に迷ったときは、自分は今「とらわれているのではないか?」と一度考えてみてください。「正誤」に限らず、「善悪」や「優劣」などにもとらわれているかもしれません。禅の教えはそんな窮屈な心から、何ものにもとらわれない自由自在な心に戻れるのです。

人生に悩みは尽きませんが、そんな人生を決して後悔なく、活き活きと生きていくのが、この「至道無難唯嫌揀択」という教えなのです。

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