思い通りにならない中で

巨島 善道
2021/5/15

数年前のこと。ある行事の宴席で、以前より尊敬しておりました和尚さんとご一緒させていただく機会がありました。

そのお姿を見て、「あれ、少し御痩せになったかな」と思っておりましたら、その和尚さんは「実は、わしはガンになってな。ステージ4と言うて、いろんなところに転移して、まぁ後がない、そういう状態らしい」と衝撃の告白をされました。驚きのあまり、私は思わず言葉を失いました。

それから数か月後、別の行事でその和尚さんに再びお会いしました。そのお姿を拝見し、私は再び驚きました。前回お会いしたときよりも、はるかに元気なお姿を見せておられたのです。その行事のスピーチで、和尚さんは笑いながら次のようにおっしゃいました。

「私は数か月前、お医者さんからステージ4の末期ガンだと言われました。治療が始まるとき、お医者さんが私にこう言いました。『和尚さん、私たちも一生懸命がんばりますから、ガンと闘っていきましょう!』と。私を元気づけるために言ってくださった言葉だとは思いましたが、私はこう答えたんです。

『わしゃ、昔からあんまり闘うということは好きじゃない。だから、ガンと闘うんじゃなくて、ガンと仲良くしようと思ってるんです。』

こう言ったら、そのお医者さんはびっくりした顔をしていました。こんなことを言う人はいないんでしょうね。でもおかげさまで仲良くしておったら、ホントにガンの方が消えて行ってしまって、転移してた部分の影は全部消えてしまいました。」と。

この「ガンと仲良くしようと思ってるんです」という言葉が、私の心に強く残りました。

禅語に、このような言葉があります。

「随処に主と作《な》れば、立処皆真なり」

これは「自分の置かれた場所で、隙のないように精いっぱいやるなら、どこにあっても真実のいのちとめぐりあえる」といった意味です。先ほどの「ガンと仲良くなる」という言葉は、まさにこの禅語のとおり「自分の置かれた場所で、精一杯生きるぞ!」という和尚さんの選手宣誓だったのではないかと思うのです。

残念ながらその和尚さんは、3年の後にお亡くなりになりました。病状は良い時期もありましたし、私たちの想像を絶するような、つらい時期もあったことでしょう。しかし、その病状の良し悪しにもとらわれず、すべてを受け入れて精一杯生き、そのいのちを全うしたお姿は、まさに「随処に主と作れば、立処皆真なり」を体現したかのようでした。

私たちが生きていくなかでは、思い通りにならないことに苦しむ場面がたくさんあります。そんなとき、わたしはこの和尚さんの「ガンと仲良くなる」という言葉を思い出すのです。

思い通りにならない人生だけど、誰かが代わってくれるわけではない。だからこそ、良いも悪いもひっくるめて今の環境を受け入れてみよう、精一杯やってみよう、と。そう思うと、一歩前に進む勇気が出てくるような気がするのです。

思い通りにならない時、少し呼吸を落ち着けて考えてみませんか。
「逃げずに○○と仲良くしてみよう」って。


参考:松原泰道『禅語百選』祥伝社

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