冷暖自知~やってみて心にふれる紙芝居

河又 宗道
2021/7/15

実際にやってみないと分からないことというのは、たくさんあるものですね。

私ごとですが、人前で話す練習として、今年の1月から紙芝居を始めました。図書館で借りた紙芝居を持って小さな公園に行き、2~3人の子供たちの前で読んでいます。

実は最近、お気に入りのお話があります。皆さんもよくご存知の『寿限無《じゅげむ》』という有名な落語の紙芝居です。

子供が生まれたばかりの父親が、「とにかくおめでたい名前を授けたい」ということで和尚さんに相談しに行きますが、和尚さんから教えてもらった沢山の「おめでたい言葉」を全部つなげて、長い長い名前を子供に授けてしまいます。

この紙芝居は、子供たちに気にも入ってもらえた様子でした。

「寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の…」

一緒になって「寿限無寿限無…」と唱えているうちに、子供たちがあっという間に台詞を覚えてしまうことに驚きました。


禅には「冷暖自知《れいだんじち》」(*1)という言葉があります。何かについて、本で読んだり他人の話を聞くだけでは、本当に自分のものにはなりません。自分自身が実際に経験して体得することが、何よりも大事なのです。そのような経験を積み重ねるのが、禅の修行なのです。

例えば、仮に「冷たい」とか「暖かい」という感覚を知らない人がいたとします。その人にそれがどんな感じなのかを伝えるには、どうしたら良いでしょう?いくら言葉を尽くしても、文字で詳しく説明しても、無理ではないでしょうか。

どうすればいいかは簡単ですね。「冷たい水」や「熱いお湯」に直接手を触れて、自分自身で感じることです。直接に経験すれば、その人自身が「これがそうなのか!」と実感し、本当に自分のものとして、体得することができるのです。

私にとって、子どもたちの前で紙芝居を演じることは、予想もしなかった嬉しい「発見」と「学び」の連続でした。

私は本で読んだり落語で聴いたりしていたので、この『寿限無』というお語をよく知っていると思い込んでいました。また、紙芝居というものも子供の頃から観ていて、「こんなものだろう」とわかっているつもりでした。

しかし、自分で実際に演じることによって、紙芝居というものの難しさ、楽しさ、奥深さを初めて知ることができました。そして、『寿限無』という単純なお話が、なぜこんなにも長い間親しまれてきたのか、その魅力がやっと理解できたような気がするのです。

子供たちの前で演じた後で、他の方が演じた『寿限無』の動画を見てみると、さらに新しい発見がありました。ますます面白くなってきたので、自分なりにお話を深めるために、ひとりで何度も練習もしてみたりもしました。

そして、私が紙芝居をやってみて一番嬉しかったのは、子どもたちとの心のふれあいでした。

真剣に観てくれる子供たちの眼差し、屈託のない笑顔に接していると、私の方まで童心に帰るような、大きな喜びを味わうことができました。

紙芝居に書いてある文字をただ読み上げるだけでは、本当の紙芝居にはならないのです。一緒に笑い、一緒に楽しむことで、心がひとつになる。演じている私と、楽しんでくれている子供たちの、そんな心の触れ合いこそが大切なのです。

それは私自身にとって、知識だけでは体得しえない、ただの「人前で話す練習」をはるかに超えた、とても貴重な学びとなったのでした。


ある日、こんなことがありました。

私はいつものように紙芝居を持って公園に行きました。すると、ひとりのお子さんが「お話聞かせて!」と笑顔で声をかけてくれたのです。少し前に、『寿限無』の紙芝居を観てくれた子でした。

紙芝居のあとに、その子と一緒に「寿限無寿限無…」と唱えて遊びました。前よりもずっと上手になっていました。驚いた私が「この前より上手になったね!」と言うと、その子は「うん!いっぱい練習したよ!」と答えてくれました。その嬉しそうな笑顔を見た私も、嬉しくてたまりませんでした。まるで宝物に出会ったかのような、素晴らしい瞬間でした。

たかが紙芝居。されど紙芝居。軽い気持ちで始めた私ですが、「人前で何かを演じるということは、その人と心を通わせることなのだ」という大事なことを、子供たちに教えてもらったのです。


動画で見たり、人に聞いたり、ネットで読んだりしただけで「わかってる」ような気になっていませんか?

そこで終わってしまうと、その先に何があるのかは、絶対にわかりません。辛いことや苦労もあることでしょう。しかし、大切な学びや、予想もしなかった発見や、思いがけない喜びが待っているかもしれません。そのような経験の積み重ねが、「生きる」ということだと思うのです。

一歩踏み出して、実際に自分で飛び込んでみることで、人生は動き始めるのです。



(*1)「冷暖自知《れいだんじち》」:『無門関』第二十三則「不思善悪」


筆者より:掲載している写真は実際に筆者が紙芝居をしている金杉公園です。下記の公園を中心として週に1回ほど、時間も場所も決めず不定期に紙芝居を行っております。もしどこかでお会いできましたら、気軽にお声をおかけ下さい。
 

  • 金杉公園:台東区下谷3丁目5-12
  • 入谷南公園:台東区松が谷3丁目23-7
  • 日暮里公園:荒川区東日暮里3丁目8-16
  • 日暮里南公園:荒川区東日暮里5丁目19-1
  • 千束公園:台東区浅草4丁目24-7
  • 富士公園:台東区浅草4丁目47-17
  • 隅田公園(遊具広場):台東区花川戸2丁目1
page up