初めての人のための漢詩講座 21

平兮 明鏡
2021/10/15

第三章 漢詩を作ろう

*上級編! 返り点

読み下し文がなくても白文だけで読めるように、どの順番で字を読めばいいかを指示した記号を返り点といいます。文字の左下に小さく記されている「レ」「一・二」などがそれに当たります。

返り点は、日本人が漢文をそのままでスラスラと読めるように考案された、とても便利な発明です。この講座では、わかりやすようにすべての詩に読み下し文を記していますので、返り点は付けていませんが、返り点記載の白文を読むときのためにも、知っておくとよいでしょう。


1.レ点

一字から一字に返るときは、レ点を用いる。

 滿レ天(天に満つ)  易レ老(老い易し)
 未レ覺(未だ覚めず) 不レ可レ輕(軽んずべからず)
 

2.一二点

二文字以上に返りたいときは一・二点を用いる。
 「二」と付してある字は最初は読み飛ばし、「一」と付してある字まで読み進めたら、
 「二」と書いてある字まで戻って読む。

 二)愁眠(一)(愁眠に対す)
 到(二)客船(一)(客船に到る)

 
・一二点で足りなければ三・四・五……点と加えていく。

 若無(三)閑事挂(二)心頭(一)(若し閑事の心頭に挂《かく》ること無くんば)

 
・返る先が二字の熟語の場合、ハイフン「-」を挟むことが多い。
 返り点は返った先の一字だけを読むように作られているため、二字の熟語に返ることができないのです。

 透-得(二)雲關(一)了 (雲関を透得し了って)
 

3.上下点

返る箇所を途中で挟んで、さらにその上下で返って読む場合、上・(中)・下点を用いる。
 「一・二」の順番で読み、さらにその後、「上・(中)・下」の順番で読む。

 不(下)爲(二)兒孫(一)買(中)美田(上)(児孫の為に美田を買わず)

 
読み下し文があれば返り点は必要ありませんが、読み下し文しか読んでいないと、白文の語順を視覚的にとらえることはできません。特に詩語集は返り点で書かれていることがほとんどなので、返り点の読み方は是非マスターしてください。自作の漢詩にも練習として普段から返り点を付けておくとよいでしょう。


それでは最後に、上下点の例で挙げた西郷隆盛作の漢詩に返り点を付けてみてください。

幾歷辛酸志始堅 幾たびか辛酸を歴て 志始めて堅し
丈夫玉碎愧甎全 丈夫 玉砕して 甎全を愧ず
一家遺事人知否 一家の遺事 人知るや否や
不爲兒孫買美田 児孫の為に美田を買わず

幾たびもの辛酸をへて、志は始めて堅くなる。
りっぱな男というものは大事のために命を落とすとも、保身に走ることを恥じるものだ。
わが家の家訓を知っているだろうか。
子孫のためにりっぱな田畑を買わない(大きな財産を残さない)ということだ。

「甎全」とは出典があり難しい言葉ですが、ここでは「生き長らえるだけで事をなさないこと」です。この詩は、結句が特に有名ですが、真意はむしろ起承句にあります。男とは、どんな困難が待ち受けていようとも志を果たすために生きるべきであり、「児孫の為に美田を買わず」とは、その妨げとなるものを避けるようにと戒めている言葉なのです。これは、激動の維新の時代を生きた西郷隆盛の詩情ですが、さて、それでは現代を生きるみなさんにとっては「志」とは一体何になるのでしょうか?

仄起式、「堅」「全」「田」下平声・一先の押韻です。

結句以外の返り点は、「起句の二・四字目」と「承句の五・七字目」に「一二点が入る」のが正解ですが、やはり結句に上下点が入るのが難しかったと思います。

白文だけで(漢文のままで)読むのであれば、返り点は必要ありませんし、読み下し文だけで(日本語だけで)読む場合も返り点は必要ありません。返り点はその二つを理解して橋渡しをするためのものです。漢文と日本語両方の文法の構造がわかってはじめて返り点を打つことができます。つまり、文法の理解=返り点の理解、なのです。返り点を打つとき、あるいは読むときは、常に文法を意識するようにしましょう。

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