般若心経散策 第三集(3)

山田 真隆
2025/12/22

「波羅僧羯諦」~共に行き着く悟りの地とはへ~第3回

 
「般若心経散策」は、『般若心経』(以下、『心経』)の語句を取り上げて、よく詳しく見ていくコンテンツです。

第3集は「波羅僧羯諦」。

第2回では、「共に」というキーワードを元に、特別でない平凡な、普通の日常の中にある悟りの生き方を見てきました。


次は実際にそのような生活をした人を見ていきましょう。
それは、河上肇という人です。

経済学者の河上肇(1879~1946)は、名文家としても知られています。
山口県岩国の出身、東京帝国大学卒業後、大学院で経済学を専攻、ジャーナリストを経て京都帝国大学に教授として迎えられますが、1928年に突然教授会の意向により京大教授の職を追われます。

それからの河上氏の人生は厳しいもので、日本共産党に籍を置き、左翼の地下活動、検挙、五年近くの獄中生活、出獄、敗戦の翌年死亡という、波乱に富んだ生涯でありました。

権力に屈しない、ひたすら学問追求の態度、突然襲ってきた極貧の悲惨な生活、それに耐え、最後まで人間らしい豊かな感性を失わなかった人柄は、いまだにその文学作品を通じて、多くの人を引きつけてやまないものがあります。詩・短歌・漢詩の作品も多く、特に詩は六十歳ごろから始めたようで、その頃は獄中生活の二年目に当たります。

そんな河上氏の詩を紹介しますと、
 

「老後無事」 河上肇

たとひ力は乏しくも/出し切つたと思ふこゝろの安けさよ。
捨て果てし身の/なほもいのちのあるまゝに、
飢ゑ来ればすなはち食ひ、/渇き来ればすなはち飲み、疲れ去ればすなはち眠る。
古人いふ無事是れ貴人。/羨む人は世になくも、われはひとりわれを羨む。

(『河上肇詩集』)

河上氏ほどの人格を持つことは難しいかも知れませんが、どんな人でも「出し切つたと思ふこゝろの安けさよ」というときはあるはずです。

その評価は他人がするものではありません。値打ちがあるとか無いとかではなく、自分で納得のいくまで力を出し切った、仕事をやりきったと思うときは、おのずと心が安らかになったという経験はないでしょうか?

それが平凡のめざめ、あるいは日常の中にある悟りということです。
そういう日常を大事に生きることを謳っている詩だと思います。

詩中の「古人」とは臨済禅師のことで、「無事是れ貴人」という言葉も、『臨済録』にあります。

山田無文老師は、
 

立派な意識のはたらきを持っておって、どこが足らんか。どこがお釈迦様と違うのか。外に求めるだけが違うのじゃ。お釈迦様は天下に求めるもののない人だ。ただ一切衆生に何かを与えていきたい人だ。みんなは天下に求めるものがある。そこだけがちがうのだ。その求めるものさえ捨ててしまえば、お釈迦様とちょっとも違ったところはない。何もいらん、このままで結構、このままでお釈迦様と違わんのだ、と徹底していくならば、それで大暇《おおひま》の開いた人じゃ。人生のゴールに入った人だ。もう何も求めるもののない人だ。最大の成功者だ。人生の最大の成功者とは、天下に求めるもののない人をいうものだ。一生無事の人なりだ。こういう人になれば、これがそのまま祖仏だ。お釈迦様だ、達磨だ。

(山田無文著『臨済録』)

と、無事とはこのままで結構、このままでお釈迦様と違わないと徹底していくことだ、と言われます。

それは、やはり平凡へのめざめ、日常の悟りといえるのではないでしょうか。
また、無事になった人を人生の最大の成功者だと言われます。

そうすると、この河上氏は、大学の同僚で大臣になった、社長になったという人が居る中、実は人生の最大の成功者だったのかも知れません。


もう一つ、「味噌」という詩があります。
 

「味噌」 河上肇

関常(かんつね)の店へ 臨時配給の/正月の味噌もらひに行きければ/
店のかみさん/帳面の名とわが顔とを見くらべて/そばのあるじに何かささやきつ/
「奥さんはまだおるすどすかや/お困りどすやろ」
などとお世辞云ひながら/あとにつらなる客たちに遠慮してか/
まけときやすとも何んとも云はで/ただわれに定量の倍額をくれけり/
人並はづれて味噌たしなむわれ/こころに喜び勇みつつ/小桶さげて店を出て/
廻り道して花屋に立ち寄り/白菊一本/三十銭というを買ひ求め/せな《背》をこごめて早足に/
曇りがちなる寒空の/吉田大路を刻みつつ/
かはたれどき(彼は誰時)のせまる頃/
ひとりゐ(独り居)のすみかをさして帰りけり/
帰りてみれば 机べの/火鉢にかけし里芋の/はや軟かく煮えてあり/
ふるさとのわがやのせど(背戸)の芋ぞとて/送り越したる赤芋の/大きなるがはや煮えてあり/
持ち帰りたる白味噌に僅かばかりの砂糖まぜ/芋にかけて煮て食《た》うぶ(食うの謙譲語)/
どろどろにとけし熱き芋/ほかほかと湯気たてて/
美味これに加ふるなく/うましうましとひとりごち(独り言ち)/
けふの夕餉を終へにつつ/この清貧の身を顧みて/わが残生のかくばかり/
めぐみ豊けりを喜べり/ひとりみづから喜べり。

(『河上肇詩集』)

最晩年の昭和19年(1944)の正月の作品です。

投獄されたことのある政治犯でありながら、味噌屋の女将さんがだまって味噌を倍量くれたということからも、近所の人には親しまれ、愛されていたことが伺えます。
貧しい生活でも、近所の人々と共にみんなで仲良く過ごしていたのでしょう。

下線の「帰りてみれば……」とありますが、これをちょっと深読みすると、「波羅僧羯諦」・空即是色と帰ってきたと見ることができます。

帰ってくると、貧しいけれども自分の周りにはいろんなものがある。机もある、火鉢もある、里芋も柔らかく煮えている、それにもらってきた白味噌を混ぜておいしく食べる、なんとうまいことだろう、決して順風満帆だったとは言えない河上氏の人生ですが、それでもこの詩の最後にあるように、

「けふの夕餉を終へにつつ/この清貧の身を顧みて/わが残生のかくばかり/めぐみ豊けりを喜べり/ひとりみづから喜べり」

と、こんな貧しい身にもこれほどたくさんの恵みの豊かさがあったんだ、ということを感じ取っているように思います。

これも平凡な普通の生活の中にある悟りを謳っている詩だと言えるのではないでしょうか。
どんな人生でも、こんな風に日常を味わうことができたら、本当に素敵なことだと思います。
そしてそれは、誰にでもできることであります。なぜならそれは平凡のうちにあるからです。

「波羅僧羯諦」・悟りの世界へ完全に行こう、その完全な悟りの世界は、私たちが平生向き合っている日常そのものです。

(第3集終わり)

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