桂林は夜の9時:PN-1
“PHOTON NOTES“(フォトンノート)へようこそ。“Photon”とは「光の粒子」。写真撮影とは、一瞬にして消え去る「光」をイメージセンサーやフィルムで感受・記録する、とても神秘的な儀式なのです。旅先で、日常の中で、カメラと写真が大好きな筆者の心に写ったさまざまな情景を綴ります。
桂林は夜の9時。旅の夜は独り歩きと決めている。カメラをポケットに突っ込むと、私はドキドキしながらホテルを飛び出し、賑やかな漓江路(*1)に足を踏み出した。夏の終わりの心地よい夜風に乗って、どこからか大音量の音楽が聞こえてきた。
音に吸い寄せられてたどり着いた大きな広場で目にした光景は、驚くべきものであった。なにやら大勢の人が音楽に合わせて踊っている。別にお祭りとかではないらしい。前に石家荘の路上で集団ダンスするおばさまグループ(*2)を見かけたことはあったが、今回のは比較にならないスケールだ。
音源はひとつではなく、楽しげに踊る人々はいくつものグループに分かれていた。ディスコ調の四つ打ち中華ポップ、タンゴ、フォークソング、スローで甘い歌謡曲など、異なるジャンルの音楽が混ざり合って爆音で空間を満たしている。発電機とPAシステムで巨大なラウドスピーカーとサブウーファーを鳴らす本格派、ラジカセ持参の庶民派、カラオケしながら踊る派など、スタイルもさまざまだ。
お年寄りが汗をまき散らしながら踊る奇妙な振り付けのダンスに言葉を失ったり、真剣にフラメンコを練習するストイックな人々の雰囲気に魅了されたり、踊りそっちのけで楽しげにおしゃべりするご婦人たちを見て「日本のおばちゃんと同じだな」と微笑ましく感じたり。群衆のあいだを歩き回ったり地面に座ったりしながら、私は長い時間をそこで過ごした。
轟音に満たされた夜の公園は、暗く温かい海のようだ。私はその海に飲み込まれ、桂林の人々の中に混じって漂流しているような気がした。人々が放つエネルギーと、南国に似た(緯度は台北とほぼ同じ)おおらかな空気に包まれて高揚しながら、私の心は不思議な懐かしさと切なさで一杯になっていた。中国は何度か訪れたが、こんな気持ちになるのは初めてだった。
もう帰ろうかと思案しながら腰を上げた時、近くにいた熟年の男女が遠慮がちに近づき、ラジカセから流れるワルツに合わせて踊り始めた。
それはステップを確かめ合うような、どことなくぎこちないダンスだった。曲が終わると、ふたりは少しのあいだ恥ずかしそうに見つめ合い、無言のまま別々の方向に歩き去った。数多の人々の人生が、この夜の大海で交錯しているようだった。
そろそろ私も、引き上げる潮時だ。
幻惑的なダブミュージックにも似た音楽の渦が、夜空に立ち昇っていた。その脈動を背後に感じながら、私はホテルに向かって歩き出した。
- *1:漓江路(lí jiāng Lù)は桂林市中心部の大通り。名前の由来となった漓江(りこう)という大河と直角に交差。漓江は水墨画のような壮大な景観が楽しめる、あの「漓江下り」で有名です。このコラムでは漓江下りで撮影したSNS映えする絶景写真などは扱いません。ご了承下さい^u^
Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/漓江
- *2:夜の公園や街路に集まった中高年が音楽に合わせて踊る「広場舞(ゴンチャンウー)」は、中国各地の公園などで見られる国民的カルチャーらしいのですが、近年は騒音問題が問題視されたり、広場の利用を巡って若者vs老人のバトルが繰り広げられて警察沙汰になったりしているそうです。
また、黒竜江省ハルピン市では高速四つ打ちテクノに乗って子供から老人まで全世代が激しく踊りまくる「快八(クァイバー)」という新種が流行したかと思えば、「国家が振り付けを統一する」という動きまで。まさにカオスですね。
今回のカメラ
FUJIFILM X100F
この旅の相棒に選んだのは、APS-Cサイズのセンサーに35mm判換算で約35mmの単焦点レンズを搭載したレンジファインダーカメラ、「FUJIFILM X100F」。薄くて軽いので、クライミングロープ製の頑丈なストラップで肩からぶらさげたり、ポケットに無理矢理ねじ込んだり、スリットフードを装着して頭陀袋に無造作に突っ込んだりして、何度も旅に連れ出しました。
ちなみに「レンジファインダー方式」というのは、カメラ前面のファインダー窓を覗いて被写体にピントを合わせるカメラのこと。このX100Fは、ファインダー窓を通して直接被写体を見る「光学ファインダー」が、スイッチひとつで瞬時に液晶ビューファインダーに切り替わるというハイブリッドファインダーを持つ珍しいカメラ。背面の液晶画面を見ながらフレーミングするよりもブレにくく、何よりも「写真を撮っている!」という気分になります。
コンパクトで目立たず、いい画が撮れて、しかもダイヤル主体の直感的かつ快適な操作感。傷だらけになっても手放せません。
それにしても、このページに掲載した写真は、ほぼ全て左に傾いていますね。レンジファインダーでスナップ撮影する時には、よくこうなります。私のクセです。
X100F製品ページ(富士フィルム)
https://fujifilm-x.com/ja-jp/products/cameras/x100f/