漢詩徒然草(16)「霹靂」

平兮 明鏡
2022/8/1

滂然白雨鎖機場 滂然たる白雨 機場を鎖し
穿地轟雷妨上航 地を穿つ轟雷 航に上るを妨ぐ
遠客呑聲愁去路 遠客 声を呑んで 去路を愁うるも
晩蟬嘒嘒已尋常 晩蝉 嘒々 已に尋常

滂然 … 雨がさかんに降るさま
白雨 … にわか雨
機場 … 飛行場
遠客 … はるか遠くから来た旅人
去路 … 帰路
嘒嘒 … 蝉がうるさく鳴くさま

「霹靂《へきれき》」……難しい言葉ですが、雷のことです。「青天の霹靂」という故事成語で、ご存知ではないでしょうか。青く晴れた空に突然鳴り響く雷のことで、転じて思いがけず起こる大事件のことをいいます。今回の詩はまさにそんな文字通りの「青天の霹靂」を詠んだ詩になります。


2018年7月22日16時過ぎごろ、福岡空港で激しい夕立とともに落雷が発生し、路面の一部が破損、滑走路は閉鎖され全便の離発着が停止しました。約1時間後には緊急補修を完了し運航は再開されましたが、約70便が欠航し当日の交通は大混乱となりました。

滂然白雨鎖機場 滂然たる白雨 機場を鎖し
穿地轟雷妨上航 地を穿つ轟雷 航に上るを妨ぐ

当時は、ちょうど夕方のニュース番組の時間帯で、福岡空港のようすがほぼリアルタイムで放映されていましたが、いつ運航が再開されるとも知れぬ不安の中、呆然と電光掲示板を眺める乗客の姿が印象に残っています。

しかし、この出来事にはもっと印象的だったことがあります。それは……夕立が止んで、また夏空がのぞいたその瞬間、大音量の蝉の声が一斉に鳴り響いたことです。

空港では未だ復旧の目処が立たず、人々が右往左往しているのを尻目に、蝉たちは先ほどのどしゃ降りの雨も轟雷もまるでなかったかのように、すでにいつもの日常に戻っていました。

遠客呑聲愁去路 遠客 声を呑んで 去路を愁うるも
晩蟬嘒嘒已尋常 晩蝉 嘒々《けいけい》 已に尋常

雨が降ったら鳴くのを止め、雨が止んだらまた鳴き始める。蝉たちにとって「青天の霹靂」――突然の雷とは、ただのそれだけのことだったのです。一方、人間社会では、その雷鳴は人々の心に殷々と響きわたり、雨が去ったあとも、その残響はしばらく消えることはありませんでした。


自らを万物の霊長と称し、鉄の翼を持つ船を天空へと飛ばしている人類ですが、しかし、それは同時にタイムスケジュールなどの世の中の都合に縛られる存在になってしまったともいえます。

もちろん、私たちの生活と蝉の生活を同じ次元で語ることはできませんが、それでも何かしらの自由や気兼ねのなさを失ってしまったのかも、と感じずにはいられませんでした。

それは飛行機などの交通システムをはじめとする、現代社会のあらゆる利便性を得た代償なのかもしれません。私たちは今さら、原始時代に戻ることはできませんが、このときばかりは蝉たちの奔放さが羨ましく思えました。

しかし、こんな不自由の中で感情豊かに生きてゆけるのも人間だけなのではないでしょうか。「青天の霹靂」を「青天の霹靂」としてとらえ、その困難を乗り越えてゆくのも、私たちだけが持つ心の為せる業《わざ》です(蝉がどう思っているかは、蝉にしかわりませんが……)。

不自由の中で自由を手に入れることができたとき、私たちは蝉たちに堂々をその生き方を誇れることでしょう。


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滂然白雨鎖機場 滂然たる白雨 機場を鎖し
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穿地轟雷妨上航 地を穿つ轟雷 航に上るを妨ぐ
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遠客呑聲愁去路 遠客 声を呑んで 去路を愁うるも
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晩蟬嘒嘒已尋常 晩蝉 嘒々 已に尋常

平起式、「場」「航」「常」下平声・七陽の押韻です。

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