フォトギャラリー~仏教の聖地巡礼~(7)

谷川 光昭
2025/9/22

ルンビニ~仏教徒として

インドから陸路、国境を越えてネパールへ。
目的地はお釈迦様の生誕地・ルンビニ。

インドからネパールのルンビニへ向けて陸路で国境越え

わたしはこの旅の前にお寺に残っていた一冊のアルバムを眺めていました。それは神宮寺の先々代の住職である髙橋勇音和尚様が1973年、約50年前にセイロン、インド、ネパールへ旅をした時のものです。

その旅は、当時ブッダガヤに建立された日本のお寺の落慶法要に参加するためのもので、セイロン(今のスリランカ)まで行っているので詳しい旅程などはわかりませんが、まだ交通機関が発達していない環境で、およそ3週間かけての長旅はさぞ大変だったことでしょう。

約50年前に先々代住職が訪れた際のルンビニ

アルバムの中には、道中パンクしたバスを修理する写真などもあり、旅が過酷だったことが容易に推察できます。そして、ルンビニで撮影した写真もあったのですが、広い土地にただ建物があるだけで、ここがお釈迦様の生まれた場所とは思えないような荒涼とした様子にとても驚きました。

お釈迦様が産湯につかったとされるプスカリニ池もきれいに整備されている

しかし、いざルンビニに到着してみると、再び驚かされることになります。ルンビニは写真と同じ場所とはとても思えないほど、きれいに公園のように整備されており、ここでも多くの人々が祈りを捧げていました。

お釈迦様が生誕された場所には、母・マヤ夫人《ぶにん》の名を冠するマヤ堂が建立され、50年もの歳月が経て今、そこはまさにお釈迦様生誕の聖地であり、祈りの場所となっていました。

ルンビニでは多くの人が祈る姿が見られた (プスカリニ池横の菩提樹)
お釈迦様が生誕された場所に建てられたマヤ堂(Maya Devi Temple)
坐禅をする女性(ルンビニ・ネパール)

一時は、ルンビニやブッダガヤなども人々の記憶から消えていたのかもしれませんが、今回わたしたちがこのように各地を巡礼することができたことは、感謝に耐えずこれ以上の喜びはありません。

四大聖地の巡礼を終えて

6日間という濃厚な巡礼の旅を終えてわたしが感じたことは、宗教や国が違っても、人々の祈りのこころは同じということ。そして、お釈迦様の生きていた時代から、25世紀という長い年月が経ってしまっていたとしても、同じようにその祈りのこころは変わることはないということです。

今のインドには、もう仏教徒がほとんどいないと前記しましたが、悲観することばかりではありません。ガンジス川で見たプージャー(供養)を、わたしは決して忘れることはないでしょう。あれこそ、祈りの原型であり、わたしたちが本来持っている祈りの姿なのです。そしてその祈りには国籍や宗教の違いなどはありません。

四大聖地を巡礼し、2500年前のお釈迦様の足跡を知ることができましたが、そのお釈迦様の思いも同じだったと思います。お釈迦様もお悟りを開かれた後、過酷な布教の旅の連続だったことでしょう。しかし、その根幹にはわたしたち、衆生をなんとしても救ってあげたいという「祈り」があったのではないでしょうか。

今回の巡礼の旅を経て、わたしも世界中の仏教徒の一人として、そのような「祈り」を持ち続けようと決意を新たにしました。

 
※本連載は、神宮寺報『山河』14号に掲載された記事に写真を加え、加筆・修正したものです。

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