漢詩徒然草(50)「夏雨」

平兮 明鏡
2025/8/1

雨來俄沛沛 雨来って 俄に沛々
天霽忽靑靑 天霽れて 忽ち青々
樹閒蟬嘒嘒 樹間 蝉嘒々
葉上璧玲玲 葉上 璧玲々

沛沛 … 雨の激しいさま
靑靑 … 青々としたさま
嘒嘒 … 蝉がうるさく鳴くさま
玲玲 … 玉が触れ合って鳴るさま。玉のように美しいさま


詩題は「夏雨」――文字のとおり夏の雨の詩になります。
夏の雨というと、どのようなイメージがあるでしょうか?

令和7年の梅雨は、梅雨入りは遅かったのですが梅雨明けは早く、あっという間に終わってしまいました。7月に入ってからは、しばらくは晴れ……というよりは猛暑の日が続き、半ばを過ぎたころ、やっと雨が戻ってきました。

梅雨が明けて本格的に夏に入ると、夏の雨となります。夏の雨というと、やはり、にわか雨でしょう。先ほどまでの干天が忽ち雲に覆われ、どしゃ降りの雨が降り出しかと思えば、また、あっという間に晴れ間が広がります。

漢詩の世界では、にわか雨のことを「驟雨《しゅうう》」「白雨《はくう》」ともいいます。「驟雨」は、そのままにわか雨ですが、「白雨」は、大きな雨粒に地を跳ねるような水しぶき……白く霞むような雨とは、なるほど目に浮かぶようなネーミングです。

一瞬にして大地を潤し、生き物たちに活力と清涼感を与えてくれる夏の雨。そんな「夏雨」を表現できればと、シンプルに五言絶句で作詩してみました。


雨來俄沛沛 雨来って 俄に沛々

うだるような夏の午後、空には入道雲が湧き上がり、にわかに激しい雨が降り出します。

天霽忽靑靑 天霽れて 忽ち青々

到るのも早いですが、去るのも早いのが夏の雨です。忽ち青々とした夏の空が戻ってきて、またギラギラとした焼けるような日差しが差し込んできます。

樹閒蟬嘒嘒 樹間 蝉嘒々

しかし、まさに「干天の慈雨」。先ほどまでの日照り空とは違い、今、大地は恵みの雨に潤いを取り戻しました。鳴りを潜めていた木々の蝉たちは、息を吹き返したかのように一斉に鳴き出します。

葉上璧玲玲 葉上 璧玲々

そして、その葉の上には、先ほどの雨の水滴が、まだ、宝石のようにキラキラと輝いています。一瞬にして、心の中に一陣の涼風を吹き込むような、そんな夏の雨の情景です。


さて、ここからは少し詩作のテクニックの話をしましょう。

詩は感動を詠むものですが、それを詠むためには、着想技法というような手段が必要です。今回は「畳字」というレトリックを用いています。

漢詩徒然草(36)「徂春」でも取り扱いましたが、畳字とは、同じ字を繰り返す二字の熟語のことです。同じような語を日本語では畳語といい、同じ言葉を繰り返します。「ひらひら」「キラキラ」「たびたび」「ますます」などの言葉がそれに当たりますが、畳字が持つ効果も日本語の畳語を思い浮かべると想像しやすいでしょう。

畳字を用いると、詩に独特な風情やリズムを含ませることができますが、安易にならないように注意しなければなりません。特に多用は禁物です。絶句であれば、使用は2回以内に留め、2回用いる場合も対句にするというような工夫が欲しいところです。

今回の詩は、五言絶句の中に畳字を4回も使っていて、言っていることが矛盾していますが、これは実はある古人の詩がもとになっています。その詩とは寒山《かんざん》「獨坐(独坐)《どくざ》」という詩です。


寒山は、中国、唐の時代の天台山国清寺の行者だと言われていますが、詳しいことはわかっていません。その詩(偈頌)は、風狂と呼ばれる禅の境地を詠んだもので、『寒山詩』として知られています。

「獨坐(独坐)」寒山

獨坐常悤悤 独坐して 常に悤々《そうそう》
情懷何悠悠 情懐 何ぞ悠々
山腰雲漫漫 山腰 雲 漫々
谷口風颼颼 谷口《こくこう》 風 颼々《しゅうしゅう》
猿來樹嫋嫋 猿 来《きた》りて 樹 嫋々《じょうじょう》
鳥入林啾啾 鳥 入りて 林 啾々《しゅうしゅう》
時催鬢颯颯 時 催《もよお》して 鬢《びん》 颯々《さつさつ》
歲盡老惆惆 歳 尽きて 老《ろう》 惆々《ちゅうちゅう》

悤悤 … あわただしいさま
悠悠 … はるかなさま。うれえるさま
漫漫 … 広いさま。限りのないさま
颼颼 … 風の吹くさま
嫋嫋 … 枝がたわむさま
啾啾 … 多くの鳥の鳴くさま
鬢 … 耳ぎわの頭髪
颯颯 … 風の吹くさま。髪の毛が乱れるさま
惆惆 … わびしいさま

独り坐っていても、心は常にあわただしく、
思いのなんと落ち着かないことか。
山の中腹には、雲が限りなく広がり、
谷の入口では、風はひゅうひゅうと音を立てて吹いている。
猿がやって来ては、樹の枝はゆらゆらとたわみ、
鳥が飛び入っては、林の中はその声で騒がしい。
時の流れに白くなってしまった鬢の毛は、風に吹き乱され、
年も押し詰まって、老いの身のなんとわびしいことか。

(五言古詩。「悠」「颼」「啾」「惆」下平声・十一尤韻)


この詩はすべての句で、下二字で畳字を用いています。さらに、すべて対句となっている全対格です。奇を衒《てら》った感がありますが、くどいと感じるでしょうか? それとも、妙味があると感じるでしょうか?

内容は、年末に迫ってくる何とも言えない独特な心境と、老いのわびしさを詠んだものですが、それらの技法はその情緒の演出に一役買っています。


そんな寒山詩を参考にして作った今回の「夏雨」ですが、表現したかったのは、

・忽ちやって来ては、忽ち去ってゆくスピード感
・どしゃ降りの雨のダイナミック感
・猛暑の中、生きる活力を与えてくれる清涼感


です。寒山の詩のように五言古詩ではなく、五言絶句になっていますが、すべての句に畳字を用いていることと、全対格であることは踏襲しています。五言絶句という最も短い詩型で、同じリズムを繰り返すことでそれらを表現しようと試みました。

起承句は、豪雨が降ってから、また空が晴れわたるスピード感とダイナミック感を、転結句は、木々の情景描写から生命の活力と清涼感を表現しているつもりです。

梅雨とも台風ともまた違った、夏の雨の詩情。猛暑の中のにわか雨ほど、嬉しい雨はありません。そんな思いを今回、詩に認《したた》めてみました。


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雨來俄沛沛 雨来って 俄に沛々
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天霽忽靑靑 天霽れて 忽ち青々
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樹閒蟬嘒嘒 樹間 蝉嘒々
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葉上璧玲玲 葉上 璧玲々

五言絶句、平起式・拗体、上平声・九靑の押韻です。

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