Photo by H.Kameyama

音楽とZEN(3)~輝きと反射~

染川 龍船
2025/2/22

先日、友人と会った時の話です。

彼とは20代の頃、音楽好きの仲間を通じて知り合い、一時期バンドのまねごとをしていました。彼も私も、音楽にハマりだしたのが中学生の頃で、その入り口となったのが、ボン・ジョヴィ(*1)やミスター・ビッグ(*2)、エアロスミス(*3)等のハードロックでした。

当時はまだ、インターネットもなく、楽曲や動画の配信サービスもありません。情報源の少ない中、自分たちには洋楽を聴くこと自体が、非日常的な感覚でした。

時々、深夜番組等で流れる、洋楽のビデオクリップを見つけると、またとない機会と、ビデオテープに録り貯めました。それを何度も、巻き戻し、食い入るようにして映像に見入っていました。

長い髪にバンダナを巻きつけ、大きなサングラスをかけた無骨な外人達が、人生の夢、憂鬱、悲恋をシャウトし、ギタリストが恍惚な顔でソロを弾き、弦をチョーキング(*4)する姿に胸を焦がしていました。

話の最中、彼が笑って、こう言いました。

「あの頃、恋愛経験もなければ、大人の憂いとかも無縁やったけど、完全に自分のことみたいに、ボロボロ泣いたよな」

「背伸びしたかった?」「中二病でしょ?」(*5)と言われてしまえば、その通りかもしれません。しかし、楽曲が心に映し出してくれる憧憬に、自分たちを重ね合わせることで、その瞬間が言いようのない肯定感に満たされました。

曲の内容や言語が分からなくとも、楽曲から自然と心に浮かんでくる情景を、解釈も自由なままに、メロディを口ずさみ、ビートに身を委ねることで、あたかも、自分のことかのように感動できたのです。

思い返すとその時分、私が住む神戸の街は、震災が起こってから数カ月が経ち、少しずつ従来の生活や、学校が再開し始めた頃でした。ハードロックへの憧憬は、ままならない日常の中にも、力強い光を差し込んでくれました。


甲本ヒロト氏(*6)は単行本『バンド論』(*7)で、12歳の時、ラジオから聴こえてきた音楽に、初めて感動を覚えたことや、バンドを始めるに至った経緯について、記者からの質問に次のように答えています。

【本文中から抜粋】
 

ヒロト:ラジオからたまたま、聴こえてきた。聴いたんじゃない、聴こえてきた。それまでも、ずっと聴こえていたのに、焦点が合ってなかったんだよね。でも、ある日、突然ピタッときた。それで「聴こえてきた」んです。

――ロックンロールが。聴こえてきた!

(中略)

ヒロト:これは、何だろうと思った。いまならもう、感動という言葉を知っているから、そう言えるけど。そのときは、わけがわかんなくて。

――何か、正面衝突みたいな……。

ヒロト:だから、そんで、はじめてロックンロールを知ったあの瞬間のあの感動、もう1回、ああいう感じになりたいと思った。感動って言葉は知らなかったけど、ああなりたいと思った。

――ああ……。

ヒロト:だから「聴くこと」に専念したんです。ロックンロールを。ぼくはこれを聴けばいいんだと思った。この音楽を、ずっと。そのときに、ぼくははじめて、子供の頃の夢とかなんとかなんにもなかったけど、一生この音楽を聴き続けたいと思った。

続けて、記者の「ロックに深い感動を覚えつつも、はじめはバンドをやろうと思わなかったんですか?」という質問にこう答えています。
 

ヒロト:そう、ぼくはずっと、聴くだけだった。聴くということを一生懸命にやった。人に聴かせるということを、自分がやろうとは思わなかったです。

――それがある時に変わるんですか。

ヒロト:うん、それはね、ぼくの聴いていた音楽というのが、古い音楽ばっかりだったの。当時の流行の音楽を聴いていなかった。ピントに合わなかったんです。そんで、自分が反応するものだけをどんどん追いかけていくと、結局、古い音楽……ブルースだとか、ソウルミュージックだとか、昔の黒人音楽のほうへ行ったんです。

――当時の「昔の」というと……。

ヒロト:50年代、60年代の音楽。きっかけは、60年代のビートグループですけど、そういう音楽をぼくは、70年代に聴いていたんです。

――つまり10年とか20年前の音楽を。

ヒロト:そう、でも、いまはこんな音楽ないから、ぼくは一生ずっと、古い音楽を聴き続けるんだなぁって、思っていたんだけど。

――はい。

ヒロト:1977年にパンクが出てきたんだ。

――ああ!

ヒロト:パンクを聴いたとき、ぼくは、新しいとは、ぜんぜん思わなかった。むしろ、古いと思った。これ、もともとぼくが好きなやつだ!これ、これ、これ、だよ!ブルースとかソウルとか、そういう黒人音楽のほうから来て、ストーンズ(*8)やキンクス(*9)やフー(*10)や、ビートルズ(*11)をつくる元になったやつ!

――すごい(笑)

ヒロト:そういうぼくの大好きな音楽と、同じ原料でできていると思ったんだ。

――1977年の、パンクロックが。

ヒロト:バシーッときたよ。そして、思った。「ああ、これだったら簡単にできる」「ぼくにも、いますぐできる」って。


禅では、常識に照らし合わせず、何かに一心となることを「無心」といいます。

「無心」は鏡の働きによく喩えられます。私たちが無心となっている時、心は鏡のように、ものごとをそのままに映し出します。

例えば、誰かの悲しみが映った時は、胸が締め付けられるような痛みを覚え、思わず涙がこぼれます。幸せが映った時には、まるで自分のことのように喜び、正直な行いが映った時には、批判や結果を恐れない、その潔さに胸を熱くします。

無心となった時、私たちは世間の評価や常識に一切流されずに、他人の本心を、ありのまま自分のこととして、受け止めることができるのです。

中学生のヒロト氏に、ラジオから流れてきた曲が、突然「聴こえてきた」のは、心の鏡がものごとをそのままに映すように、その曲をありありと、自分のものとして感じ取ることが出来たからではないでしょうか。

「聴くこと」だけに専念していたヒロト氏は、1977年、リアルタイムでパンクロックと出会います。それがキッカケとなり、自分が好きな古い音楽から感じ取ってきた、感動の根源を突き止めたのです。そして、その感動の系譜を、まるごと自分のものとして、受け止めることが出来たのです。

バシーッときたよ。そして、思った。「ああ、これだったら簡単にできる」「ぼくにも、いますぐできる」って。

「バシーッときたよ」ということは、心の鏡に映ったパンクロックと自分が、100%そのままピタッと一致出来たということです。ヒロト氏は、パンクこそが正真正銘、自分の音楽だと信じ切れたからこそ、「ぼくにも、いますぐできる」と、確信を持って音楽を始めることが出来たのでないでしょうか。


またヒロト氏は、音楽の感動を受け継ぐことについて、単行本『ロックンロールが降ってきた日』(*12)で、このように言っています。

【本文中から抜粋】
 

えっと、月や星(惑星のこと[筆者註])は輝いてないよね?星って輝いていないよね?反射してるだけだよね。ロックンロールの星たちも輝いてるんじゃなくて、反射しているんだ。光っているのは太陽じゃないか。星が光ってるんじゃなくて、太陽が光ってる。月が光ってるんじゃなくて、太陽が光ってる。

そしてローリング・ストンーズが光ってるんじゃなくて、ブルース(という音楽[筆者註])が光ってる。マディ・ウォーターズ(*13)やハウリン・ウルフ(*14)が光ってるから、その光を受けたローリングストーンズが反射してるだけじゃないか。

それがわかるとさ、「ストーンズを光らせているものは何だろう?」って、それが聴きたくなる。そしてルーツをどんどん追いかけて行く。この聴き方ってまっとうだと思うんだよ。

だから、もし、これを聴いているみんなが今の流行りの音楽でもいい、ヒップホップでもいいよ。何でもいいから「かっちょいい!」と思ったらそいつらをカッコよく見せているものは、そいつら自身が「カッコいい」って思った奴らだから、それを追っかけてみて欲しい。そう思う。

そんで、その輝きをあなたも受けています。今この本を読んでいたり、今誰かを「カッコいいな」と思ってる人たちも、その輝きを今受けています。だから反射させてみてください。

あなたはきっと輝く。自分が感動したっていうことは、人を感動させる力を持ったという証拠だから。勇気をもって楽しく生きて欲しい。だから「楽しいな」と思ったらもう勝ちだよ。だからどんどん反射させようぜ、輝きを。

ヒロト氏は、ミュージシャンが与える感動を、星の輝きの反射に喩え、人が人に与える輝きも同じだと言っています。

「自分が感動したということは、人を感動させる力を持った証拠」

自分が本心から感動出来たということは、それだけその音楽に、本気で向き合えたということ。自分が本気になれたということは、すでに同じ本物の輝きを持ったということです。

「どんどん反射させようぜ、輝きを」

自分がすでに輝きを帯びたなら、今度はそれを反射させることが出来ます。本気だから本気へと、人から人へ感動を繋いでいくことが出来るのです。

音楽に限らず、どんなことであっても、私たちは常識や評価に流されることなく、自分が純粋に感動したことに本気で向き合えたなら、同じようにその輝きを、無限の可能性として、自由自在に反射させることが出来るはずです。


中学生のヒロト氏がそうであったように、ロックンロールへの憧れは、強い輝きとなって、友人と私の日常を明るく照らしてくれました。今もなお、ヒロト氏はその輝きを歌に乗せて、人々に感動を反射させ続けています。

20代の頃、いっしょにバンドをやっていた友人は現在、楽器店と音楽スタジオを経営しながら、演奏するよろこびを、お客さんに反射させています。

私はといえば……僧侶となってから、その輝きを胸の奥底に仕舞い込んだまま、燻ぶらせていました。なぜなら、私自身がそれを「僧侶」という常識に照らし合わせていたからです。

しかし、このZENzineという場所に出会えたおかげで、あの時、私が受けたロックンロールの輝きは、無心という禅語を照らし出してくれました。

私は、ここで「無心」の輝きを反射させたいと思います。





(*1)Bon Jovi《ボン・ジョヴィ》
公式サイト
https://www.bonjovi.com/
UNIVERSAL MUSIC JAPAN公式サイト
https://www.universal-music.co.jp/bon-jovi/

公式YouTubeチャンネル「Bon Jovi – Born To Be My Baby」


(*2)Mr.Big《ミスター・ビッグ》
公式サイト
http://www.mrbigsite.com/

公式YouTubeチャンネル「Mr.Big -Take Cover」


(*3)Aerosmith《エアロスミス》
公式サイト
https://www.aerosmith.com/
UNIVERSAL MUSIC JAPAN公式サイト
https://www.universal-music.co.jp/aerosmith/

公式YouTubeチャンネル「Aerosmith -Cryin`」

 
(*4)チョーキング:主にギターやベースの弦を指で押し上げたり、下げたりして音程を上げる奏法。楽曲のギターソロなどによく使われる。

(*5)中二病Wikipedia「中二病」

(*6)甲本ヒロト:「無心と音楽(2)~ボンヤリのすゝめ~」の註を参照(リンク)

(*7)『バンド論』:『バンド論』山口一郎、蔡忠浩、岸田繁、曽我部恵一、甲本ヒロト著(青幻舎)
https://www.seigensha.com/books/978-4-86152-859-0

ほぼ日刊イトイ新聞「特集バンド論。」甲本ヒロトは、こう言った。https://www.1101.com/n/s/hiroto_kohmoto

(*8)The Rolling Stones《ザ・ローリング・ストーンズ》
公式サイト
https://rollingstones.com/
UNIVERSAL MUSIC JAPAN公式サイト
https://www.universal-music.co.jp/rolling-stones/

(*9)The Kinks《ザ・キンクス》Wikipedia「キンクス」

公式YouTubeチャンネル「The Kinks -You Really Got Me」

 
(*10)The Who《ザ・フー》:「無心と音楽(1)~無心は踊る~」の註を参照(リンク)

(*11)The Beatles《ザ・ビートルズ》
UNIVERSAL MUSIC JAPAN公式サイト
https://www.universal-music.co.jp/the-beatles/

(*12)『ロックンロールが降ってきた日』:『ロックンロールが降ってきた日』浅井健一、大木伸夫、加藤ひさし、甲本ヒロト、セイジ、チバユウスケ、仲井戸麗市、成田大致、平田パンダ、古市コータロー、真島昌利、増子直純、ムッシュかまやつ、山中さわお、ROY著(Pヴァイン・ブックス スペースシャワーネットワーク)
HMV&BOOKS online『ロックンロールが降ってきた日』

(*13)Muddy Waters《マディ・ウォーターズ》
ソニーミュージック公式サイト
https://www.sonymusic.co.jp/artist/MuddyWaters

「マディ・ウォーターズの20曲:史上最高の吠えるブルース・マン」uDiscovermusic.jp

(*14)Howlin’ Wolf《ハウリン・ウルフ》Wikipedia「ハウリン・ウルフ」
「ハウリン・ウルフのベストソング20:「咆哮し続けたブルースの巨人の半生」uDiscovermusic.jp



 

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