Photo by H.Kameyama

音楽とZEN(1)~無心は踊る~

染川 龍船
2024/12/22

私が中高生だった頃、たとえその日がどんな1日だったとしても、ひとたびオーディオ機器の再生ボタンを押して、そこからロックギターのリフ(*1)が耳に飛び込んでくると、今までそこにあった現実がパッと入れ替わって、いつのまにか音楽の世界へと入り込んでいることがありました。

ジャ―ン!と歪《ひず》んだギターの音色に、私は何度となく背中をゾクゾクさせ、何かの衝動に駆り立てられるように、部屋中をエアギター(*2)で飛び回っていました。楽曲に没入している時は、自然と涙が込み上げるような、それでいて思わず笑みが浮かんでくるような不思議な感覚を覚えました。

音が鳴り止み、ふと我に返った時には、いつも清々しい余韻に包まれていたことを思い出します。

今にして思うと、それはもっとハイテンションになりたいとか、悩みを解消させたいとかいった目的があって音楽を聴いていた訳ではなかったのだと思います。

ただ、その日に感じていたありのまま感情を、好きな音楽が全て引き受けてくれることで、音に身を委ねているその瞬間、私は心の底から生きていることを全肯定できるような感覚になっていたのです。


イギリスのロックバンドTHE WHO《ザ・フー》(*3)のギタリスト、ピート・タウンゼントは次のような名言を残しています。

「ロックンロールは、別に俺たちを苦悩から解放してくれもしないし、逃避させてもくれない。ただ、悩んだまま踊らせるんだ」

ゴスペル、ブルース、ヒップホップ等といった音楽が始まった背景に、差別や貧困への行き場のない悲しみや怒りがあったように、60年代以降のロックは、あらゆる権力体制や社会的偏見に抑圧された人々の反抗心が、色濃く反映されています。この名言は、そんなロックという音楽に陶酔した人たちの気持ちがありありと、実にうまく表現されているように思います。

そして私自身、この名言を初めて知った時には、自らがロックという音楽に受けた、どんな自分であっても、まるごと肯定できるような、あの不思議な感覚を、ピートがものの見事に言い得てくれたように感じたのでした。


ネットで「ピート・タウンゼントの名言」と検索すれば、必ずと言ってよいほどヒットしてくるこの言葉。実は、もともとは雑誌や記事などに掲載されたものではありません。1978年にピートがアメリカのテレビ番組「グッド・モーニング・アメリカ」に出演した時の司会者との対話が、視聴者の間を巡り巡って、いつの頃からか「名言」と化したようなのです。そして、ここ日本にたどり着いては、上記の翻訳(翻訳者不明)となりました。

以下は、そのもととなった実際の番組内での対話の一部です。
 

ピート:俺たちは子供たちにとって、ロックンロールが単なる音楽以上のものだと考えている。もっと素晴らしいものだと信じているんだ。

司会者:言い換えると、まさに1つの芸術形式ですね。

ピート:いや、芸術形式じゃなくて、つまり、ええと、音楽は…… ロック・ミュージックは人々にとって大切なんだ。なぜなら、許してくれるから。このクレイジーな世界で許してくれるんだよ。そこにある問題から逃げないで向き合うことを、それと同時に(問題をそのままに)あちこちで踊ることをね。それがロックンロールとはなんたるか、なのさ。(*4)

実際に本人が語ったコメントと、上記の名言を照らし合わせてみると、随分短く、そして大幅に意訳されている事が分かります。しかし、ピートの言わんとしている「ロックとは何たるか」という真意が、短い言葉の中に集約されているように感じます。


「ロックはこの狂った世界で、許してくれる。そこにある問題から逃げないで、向き合うことを」という一節は、常識的に考えると、問題解決のための「救い」や「答え」を放棄していて矛盾しているようにも思えます。

解釈も人それぞれに、まさに「救い」や「答え」を示さないまま、世界中を駆け巡ったこの名言。

多くのロックファンの心を掴んだその理由は、「ロック」という音楽の持つ本来の気質が、世間の常識や他人によって、アイデンティティを束縛され、画一化されることを極端に嫌うからではないでしょうか。

常識では悩みがあることが問題で、それを解決することが正しいとされています。しかし、ロックは自分の悩みや問題を抱えたまま、解決しないままに、ありのままの自分で生きることを許してくれると、この言葉は伝えてくれているように感じるのです。


はるか昔から、人は喜びであれ、悲しみであれ、あらゆる感情をそのままに歌や踊りに乗せて自己を表現してきました。

それは「表現をする」ということ自体が、そもそも夢や希望を叶えるだとか、苦悩や絶望から抜け出すといった目的を持ってやっている訳ではなく、むしろ、はなからそのような目的に縛られることのない、自由で純粋な自己に立ち返れる行いだったからではないでしょうか。

そう考えると、

「クレイジーな世界で許してくれる。問題から逃げないで向き合うことを、それと同時に(それらの問題の)あちこちで踊ることをね」

というピートの言葉が、世界を巡り巡って、

「苦悩から解放してもくれないし、逃避させてもくれない、悩んだまま踊らせてくれる」

と伝わっていったことも言い得て妙と頷けます。


学生時代、ライブで知り合った友人やバンドマンと、影響を受けたアーティストや音楽のルーツについて延々と話をしました。皆、熱のこもった声で、自らが音楽に受けた鮮烈なインスピレーションを「あの無敵時間」「神に会った」「自己絶頂感覚」などと、独自の表現で語っていました。

個々の音楽にまつわるエピソードに「あーっ!めっちゃ分かる!」と興奮し、互いにリスペクトを捧げ合える、とても心地の良い時間でした。傍から見ると、それは単に音楽の好みや趣味の話で盛り上がっているだけに見えたかもしれません。

しかし、皆それ以上に、本心から音楽に魅了されている時には、どんな人間であっても、それぞれの「救い」を見出すことができるという事実に、喜びと誇りを感じ取っていたのだと思います。

その「救い」とは、それで日常の悩みがなくなったり、生活そのものに特別な変化をもたらすといったものではありませんでした。

ただただ、好きと思える音楽に心の底から感動している、まぎれもない「自分自身」を感じている時、誰かと比べたり、世の中の常識に照らし合わす必要がなかったのです。何かの物差しで比べずとも「俺は俺のままで良かった」と、ありのままの自分を許し、まるごと信じさせてくれたことが私たちの「救い」でした。

ロックという音楽は、学校や家庭でのどうしようもない悩み、コンプレックスを抱えた私たちの日常をそのままに、愛しく向き合わせてくれました。

あれから30年近く経った現在、私は家庭を持ち、お寺の住職となりました。

10代だったあの頃とは違い、何かと頭を抱えることの多い毎日です。正直、そんな自分に息苦しさを感じる日も少なくはありません。ふと、あの当時を思うと「あんな感覚になることはもうないのかな」と寂しさを覚えます。

しかし、私は僧侶となって「無心」という禅語に出会いました。

「無心」とは目的や常識にとらわれず、そのものごとに一心になることです。ロックが世界中の人々や私を、あらゆる束縛から解き放ち、踊らせてくれたように、どんなことであっても、私たちが「無心」になっている時には、何ものにも束縛されない、純度100%の自分がそこで自由に躍動しているはずです。

ピートの言葉は「救い」や「答え」を持たずして、ロックがありのままの自分に立ち返らせてくれることを、私たちに示してくれました。そして今、私は「無心」という言葉に背中を押され、ありのままの自分に立ち返れる瞬間を日々、探し続けています。




(*1)リフ:楽曲中に繰り返し使われるフレーズ。ロック、ヘヴィメタルの場合は曲の顔となるような、印象的なギターフレーズを指すことが多い。

(*2)エアギター:主にロックやヘヴィメタル等の曲調に合わせながら、実際にはギターを持たないまま、手や体のアクション、顔の表情だけで、いかにもその場でギターを弾いているかのような表現をすること。

(*3)THE WHO《ザ・フー》:イギリスのロックバンド。ビートルズ、ローリングストーンズと並んでイギリスの3大ロックバンドの1つに挙げられる。(Wikipediaより

THE WHO ユニヴァーサルミュージックジャパン公式サイト
https://www.universal-music.co.jp/who/

マイ・ジェネレイション / ザ・フー(UNIVERSAL MUSIC JAPAN)


(*4)アメリカのテレビ番組「グッド・モーニング・アメリカ」に出演した時の司会者との対話:
“we think that R&R is more than just music for kids you know,we believe it`s something greater.”
“it`s really an artform in other words.”
“not so much an artform,I mean like,if you like a street,release you know that it`s important music is important… rockmusic is important to people because it allows them you know in this crazy world. it allows you to not to run away from the problems. that are there,but to face up to them,but at the same time sort of dance all over them.that`s what R&R is about.”





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