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音楽とZEN(2)~ボンヤリのすゝめ~

染川 龍船
2025/1/22

以前、中居正広氏、松本人志氏らがホストを務める「まつもtoなかい」(*1)というトーク番組がありました(現在は「だれかtoなかい」)。現在、ホストを務めた2人が何かと世間の注目を集め、番組は休止してしまいましたが、当時、甲本ヒロト氏(*2)、菅田将暉氏をゲストに迎えて、現代の音楽配信やネット社会について、こんなやりとりがありました。
 

中居:なんか今の若いバンドさんを見て思うことってあるんですか?やっぱり時代背景が違ったりだとか、音楽の入手ルートが昔はレコードだったり、ラジオだったりとかちょっと変わってきてるじゃないですか今。そういうのってなんか感じることってあるんですか?

甲本:僕は若い人はみんな良いと思う。なんでかって言うと、音楽には何が良いって形がないんですよ。結局「やったるで!」という気合とか。そんなんが一番大事だと思う。そういう意味で若い人は凄いですから。ただ、アナログと今のデジタル世代の違いを一ヵ所感じるのは、歌詞を聞き過ぎ。アナログの頃は音で全部聞いてた。洋楽だろうが何だろうが、カッコよければ意味はどうでもよかった。例えば、ロックンロールは僕をもの凄く元気にしてくれたけど、元気づけるような歌詞なんか一つもないんだよ。関係ないんだそんなこと。

「No future for you!(お前に未来はない)」(*3)とか(笑)

それ聞いて「よし!今日も学校行こう」と思って行ったんだ。でも、デジタルになるとそれが情報として綺麗に入ってきちゃって、歌詞をね、文字を追い過ぎてる様な気がちょっとだけする。チョットよ(笑)

この甲本氏の体験談には、多くの視聴者から共感と賛同の声が上がりました。私自身も10代の頃は、寝ても覚めても四六時中、音楽のことで頭が一杯でしたが、当時のグランジ(*4)やパンクといった、ネガティブで退廃的な歌詞の音楽に元気づけられ救われた体験から、非常に納得できるものがありました。

しかし、一方で「若者は歌詞を聴き過ぎ/カッコよければ意味はどうでもよかった」という氏の意見には疑問の声も上がり、視聴者の間では様々な意見が交わされ話題となりました。

サウンドやメロディは無論のこと、今も尚、素晴らしい歌詞で多くの人々の心を揺さぶり続ける甲本氏が「若い人はみんな良い。気持ちがすごい」と、若者を全肯定した上で言った「歌詞を聞き過ぎ。アナログの頃は音で全部聞いてた」というコメントを聞いた時、私はふと「無心」という言葉を思い浮かべたのでした。


「無心」という語は禅宗ではよく用いられる言葉ですが、現代で使われるような意味とは全く異なります。

禅宗では、無心を「はからいの無い心」とも言い表します。はからいとは、知識や世間の常識に照らし合わせて、良い/悪い、キレイ/汚い、優れている/劣っている等と、ものごとを2つに分けて考えることです。

例えば「最新の音楽が好き」ということは何も悪いことではありませんが、その音楽を「新しいか/古いか」という判断基準だけで分けて聴くということは、本心からその「最新の音楽」が好きということにはなりません。やはり、大切なのは、その音楽を心の底から「好きである」ということではないでしょうか。このように、ものごとを2つに分けて考えるということは、自分の本心を見失ってしまう原因にもなってしまうのです。

「はからいの無い心」――無心とは、良い/悪いの常識的判断に捉《とら》われることなく、心からそのものごとと向き合って一心になることを意味します。

スマホを覗けば、ありとあらゆる情報が溢れ返り、即座に明確な答えが返ってくる現代。聴きたい曲を検索すれば、その音楽よりも先に歌詞、ジャンル、アーティストの詳細、あまつさえその評価までもが情報として目に飛び込んできます。

そんな状況の中、いつのまにか皆さんも音楽を聴く前から、提示された情報の先入観に捉われてしまい、その音楽が好きかどうかではなく、音以外のところで判断してしまってはいないでしょうか?


先述の甲本氏と中居氏のやり取りの後に、4人のトークはこのように続きます。
 

菅田:どういう意味なんだろうとか、すぐに調べられますもんね全部。それはあるかもしれないですね。携帯で音楽聞いても、すぐに歌詞出せたりするんで。いきなり歌詞と同時に、こう聴いたりする(スマホを見るジェスチャー)っていうのが増えましたね。

松本:やっぱり、こう、今の全てに於いてですけど、完成され過ぎてるところがちょっと不満かなぁって。笑いに関しても少し思う時はあります、もっとスベってもいいのにって。

中居:いやもう、教科書がどこにでも載っているので(スマホをスワイプするジェスチャー)明確なんですよね。

それに対して、自分自身の本心と向き合う方法について、甲本氏は以下のようなコメントをしています。
 

甲本:だからボンヤリしてないんですよね。ボンヤリしてると、さっきのピントの話だけど、どこに焦点合わせるかは自分で選べる。だけどぺランと一枚にされると、それしか見れない。デジタルになってからはそんな気がちょっとする。もっとボンヤリ。

ネット上にぺランと一枚敷かれた明確な答えによって、自分の本心と向き合うことが難しくなっている現代だからこそ、甲本氏は「若い人は文字を追い過ぎ、もっとボンヤリ」という風な言葉の表現を選んだのだと思います。

「音で全部聞いていた。カッコよければ意味はどうでもよかった」とは、決して歌詞を軽視している訳ではなく、アナログであろうがデジタルであろうが、常識や先入観から離れて、自分の本心からその音楽と向き合って、聴くことに一心になるということの大切さを伝えたかったのではないでしょうか。

ボンヤリしているからこそ、ピントをどこに合わせるかは自分次第。
ピントがビシっ!と合ったその時こそが「無心である」ということなのです。


甲本氏が「音楽には何が良いって形がないんですよ」と言ったように、「音楽を聴く」ということにも良い/悪いといった決まった形はありません。同じように音楽を聴く人の心にも決まった形はありません。それでも、もし音楽を聴く心に本当の形というものがあるとするならば、それはあなたが本心からその音楽と向き合って「好き」になっている、その時の姿なのではないでしょうか。





(*1)だれかtoなかい 公式サイト
https://www.fujitv.co.jp/darekatonakai/

(*2)甲本ヒロト:日本のミュージシャン。THE BLUE HEARTS、THE HIGH‐LOWSを経て、現在はザ・クロマニヨンズのボーカルを務める。

甲本ヒロト 公式サイト
https://www.sonymusic.co.jp/artist/kohmoto_hiroto/
ザ・クロマニヨンズ(THE CRO-MAGNONS)公式サイト
https://www.cro-magnons.net/

(*3)「No future for you!」:イギリスのパンクロックバンド、Sex Pistolsが1977年に発表したシングル曲『God save the queen』の歌詞。同年発表のアルバム『Never Mind The Bollocks, Here’s The Sex Pistols 』(邦題:勝手にしやがれ!!)の5曲目に収録。

Sex Pistols ユニヴァーサルミュージックジャパン公式サイト
https://www.universal-music.co.jp/sex-pistols/

『God save the queen』Sex Pistols YouTube公式チャンネル


(*4)グランジ:80年代末~90年代初頭、アメリカのシアトルを中心にして勃興した音楽ジャンル。1991年、NIRVANAのシングル曲『smells like teen sprit』と同年発表のアルバム『NEVERMIND』の大ヒットをきっかけに世界中で流行した。陰鬱でノイジーなギターサウンドと退廃的な歌詞が特徴的。また、グループの多くは従来までの屈強でけばけばしい、所謂「ロックミュージシャン」のイメージとは打って変わり、ヨレヨレのシャツに破れたジーンズ、スニーカーを着用し、日常的な装いでステージに立っていたことから、語源であるgrungy(汚い、みすぼらしい)が転じたとの説も。

NIRVANA ユニヴァーサルミュージックジャパン公式サイト
https://www.universal-music.co.jp/nirvana/

『smells like teen spirit』NIRVANA YouTube公式チャンネル



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