「放下著」~下せないなら担いでいく(5)
連載『「放下著」~下せないなら担いでいく』(全5回)は、禅語「放下著」を読み解いていくシリーズです。趙州和尚が、迷いを捨て去ったと主張する弟子に言い放った「放下著・下ろしなさい」という言葉。そして、それでも納得出来ない弟子を導いた「担いでいけ」という教えの真意とは?
第1回はこちらから!
改めて言いますが、この一連の法話で、決して豊かさや幸福に目的を置いて求めることを全否定しているのではありません。人間の生き方として、豊かさや幸福を求めていく生き方が行き詰った場合、こんな「放下著《ほうげじゃく》」という禅の教えもあるということを紹介しているにすぎません。
それをどう取り入れてどう活かすかは、人それぞれが決めることです。
話の締めくくりに、月並みの豊かさや幸福と無縁の生活を送る、夫婦の話を見ていきたいと思います。
小説家・尾崎一雄(*1)の「暢気眼鏡」という短編小説を、和田芳恵(*2)という文芸評論家が紹介している文章があります。
「暢気眼鏡《のんきめがね》-尾崎一雄」(和田芳恵『女性のための名作・人生案内』)
死んだ坂口安吾は、女はかわいいが妻はこわいといいました。これは、多くの夫を代表した妻に対する本音といえましょう。妻が、こんないやな役割を与えられることで、多くの家庭がうまく行っていることに、皆さんも思い当たるでしょう。
映画やラジオでとりあげられた尾崎一雄の「芳兵衛物語」の最初は「暢気眼鏡」(のんきめがね)という短編で、この女主人公の芳枝を、夫がかわいがって「芳兵衛《よしべえ》」の愛称で呼んだからです。芳兵衛は、見事に書けたかわいい妻です。「暢気眼鏡」は、第五回の芥川賞受賞作品ですが、その内容は―
原稿の売れない貧乏作家の“私”の妻芳枝は、貧苦の中でいたって朗らかです。もう質屋に持っていく何ものもなく、また友人から借金もしつくしたある朝、芳枝は入れ歯をはずして、これを売りに行き、ドラ焼きを買ってこようと言います。それを寝床で聞いて、生まれつきののんきさから芳枝が自分を喜ばせる気もちでやったろうとかわいそうになる一方追いたてられている気にもなります。芳兵衛は妊娠しているのですが、そこへ酒を宣伝するためのマネキンの口がかかり、一週間通って少しばかりの金をかせいでいきます。“私”は「芳兵衛、お前はほんとに気の毒だ」と珍しく真顔で言います。
「あなた本当にそう思う?」「思う」「それならいいのよ。あなたがそう思ってくれれば、あたしそれでいいの」こんなざまで、いつ金になるともしれぬ小説を書いたとて、それはいったいなんだ。そう思うと反射的に、いや、おれはそうでなければいけないんだという思いが突きあげてきます。ノンキ眼鏡などかけていたのは、芳枝ではなく私自身だったかもしれないと、私はうすら笑いを浮かべるのでした。
〈中略〉
のんきな妻の芳枝はいろいろ思いわずらっている夫のかたわらで、五つの時、赤い着物を着ていたため、七面鳥に追いかけられ、それから、その着物を七面鳥のおべべといったとか花を取ろうとして川へ落ち、通りがかりの郵便配達に助けられたので、その着物は、川のおべべ、また、新井白石が三つの時、天下一とびょうぶにじょうずに書いたと母にきかされて、張りたてのふすまに大きく書いてあきれさせたのは六つの時だったなどと、貧しさを忘れておしゃべりするような女です。
くったくのない、底ぬけの明るさです。そして、だれでも、このような芳枝のためには、どうしても金をつくらずにはおられないだろうと思わせるものがあります。読者は笑いながら、悲しくなり、芳枝という人間は夫の操縦法を天からさずかって生まれてきたと思わずにはいられません。この秘密は、この世の中を余裕をもってながめる「のんきめがね」を、かけているためです。それに、夫である小説家はこの世の苦労を知りつくし、あまりあわてないが、ちょうど間に合うように家庭の困難を切り抜けようと努力をするので、芳枝がしっかりと夫の胸にすがっていることができるのです。そして、この夫は苦労に耐えて仕事をしぬく人なのです。
この小説は荒らい《原文ママ》実社会にも活用できましょう。多くの家庭悲劇は生活苦です。それを主婦が思いつめるからです。たとえば収入の少ない場合、夫を責めずに「のんきめがね」を掛けることです。この世には、自分で考えても、どうにもならぬことがあるのです。それを一度に解決しようとせず、長い年月をかけて、なしくずしに苦しみを追い出すために、家というものが存在するのだと思うと、どこからか、ひょっこり幸福が顔を出します。
文中に数回出てくる「のんき」という言葉。
これが、「放下著」に当たるのではと思います。
ただ一回だけ「私」の心情を説明する、「ノンキ眼鏡などかけていたのは」というところだけは「ノンキ」とカタカナ表記になっています。そこだけ表現が違うということは、何かの意図があるのかもしれません。作者の尾崎一雄や、この文章の著者の和田芳恵がこの意図を明かしていなので、実のところはよくわかりません。
推測ですが、「のんき」と「ノンキ」の違いとして、文学表現としてカタカナは外来語に対して使用するというルールがあります。その意味で当てはめれば、夫の「私」の「ノンキ」は、外来のもの、自分本来のものではないということかもしれません。使われている意味も肯定的ではありません。
一方、妻・芳江の「のんき」は自分だけでなく夫をも担いでいく、たくましい本物の「のんき」と見ることができると思います。
以上、「放下著」を見てきました。
「放下著・下ろしなさい」というのは、実は「悟りにとどまるな」ということ。そのとどまらないことは、自分の中にある救い「担取し去れ」につながります。自分の人生は自分で担いでいくしかないのです。
そのことに気付いていけば、いわゆる幸福や豊かといった、ありきたりの人生の目的にとどまることなく、どのような人生であっても、それぞれが納得して人生を送ることができるのかもしれません。
長らくのお付き合い、本当にありがとうございました。
(終わり)
(*1)尾崎一雄(1899~1983)
三重県宇治山田町(現・伊勢市)生まれ。志賀直哉にあこがれて小説家を志す。早大国文科卒業後、新進作家として注目されるが、停滞期を迎える。志賀の支えもあって復活し、1937年、短編集「暢気眼鏡」で第五回芥川賞を受賞。戦後は私小説の達人として知られ、世の不条理や怒り、嘆きをユーモアを交えて書き上げ、爽やかな読後感をもたらすその作風は、三島由紀夫をして「着流しの志賀直哉」と言わせた。1978年、文化勲章受章。1983年に自宅にて倒れ、急逝した。83歳没。
(*2)和田芳恵(1906~1977)
北海道長万部出身。中央大学法学部独法学科卒。新潮社に勤務の傍ら同人誌に小説を執筆。樋口一葉の研究で知られ、著書に『樋口一葉の研究』がある。戦後、出版社を経営するが失敗し多額の負債を抱え3年間失踪。再び活動を開始し、小説『塵の中』で1963年下半期の直木賞を受賞、以降数々の文学賞を受賞するが、1977年、十二指腸潰瘍により東京の自宅にて死去。71歳没。





