初めての人のための漢詩講座(3)

平兮 明鏡
2021/4/8

第一章 漢詩とは

*上級編! 漢詩の分類~近体詩と古体詩

すべての漢詩はこのように分類出来ます。

 1.古体詩(あまり厳格なルールがない )

      「五言古詩」
      「七言古詩」
      「五言・七言以外の古詩」
      「雑言古詩《ざつごんこし》」
… 一句の字数が途中で変わる

 2.近体詩(厳格なルールがある)

    絶句「五言絶句」… 五字・四句
      「七言絶句」… 七字・四句
    律詩「五言律詩」… 五字・八句
      「七言律詩」… 七字・八句
    排律「五言排律」… 五字・十二句以上
      「七言排律」… 七字・十二句以上

古体詩は、唐より前の時代の漢詩の形式で、絶句や律詩にあるような厳格なルールがあまりありません。各句の字数や句の数は比較的自由です。五言、七言以外にも四言、六言などさまざまな字数を取ることできますし、一句の字数が途中で変わってしまう雑言古詩のようなものもあります。

それに対して、さまざまなルールがあるのが近体詩です。

近体詩といっても、あくまで古体詩に対しての呼称ですので、その成立は1500年前の唐の時代になります。また、これらは形式上の分類ですので、古体詩が唐の時代以降に作られることももちろんあるわけです。

絶句のルールについては、これから詳しく見ていきますが、律詩について少しだけ簡単に説明しますと、句の数が絶句の倍の八句になった分、さらに制限が厳しくなり、加えて3・4句目と5・6句目は対句にしなければならないという制約が課せられます。この厳しい制約ゆえにその名を律詩といいます。

排律はその対句部分をさらに伸ばして、十句以上になったものです。

この講座では、主に近体詩を扱っていきますので、ここでは古体詩の雑言古詩を挙げてみましょう。陶淵明《とうえんめい》「帰去来の辞《ききょらいのじ》」です。大変長い漢詩ですので、最後の部分のみを取り上げます。

已矣乎     已んぬるかな
寓形宇内復幾時 形を宇内に寓する 復た幾時ぞ
曷不委心任去留 曷ぞ心を委ねて去留に任せざる
胡爲遑遑欲何之 胡爲れぞ遑遑として何くに之かんと欲す
富貴非吾願   富貴は吾が願いに非ず
帝鄕不可期   帝郷は期す可からず
懷良辰以孤往  良辰を懐いて以て孤り往き 
或植杖而耘耔  或いは杖を植てて耘耔す
登東皋以舒嘯  東皋に登り 以て舒に嘯き
臨淸流而賦詩  清流に臨みて詩を賦す
聊乘化以歸盡  聊か化に乗じて以て尽くるに帰し
樂夫天命復奚疑 夫の天命を楽しんで復た奚をか疑はん

 

「歸去來兮辭」陶淵明

まあ、仕方のないことだ。
私がこの世に生きていられるのも、あとどれくらいだろうか。
どうして、心のあるがままにしないのか。
そんなに慌ただしくして、どこへ行こうというのか。
富や名誉は私の願いではない。
かといって、仙人の郷など望むべくもない。
天気のよい日は、一人出かけようなどと思い、
またあるときは、杖を立てて農作業をする。
東の丘に登っては、のんびりと笛を吹き、
清流に臨んでは、詩を作ったりもする。
しばらくは自然の成り行きに身を委ね、最後には終わりを迎えるとしよう。
このように自分の天命を受け入れてしまえば、もはや何のためらいもない。

陶淵明は六朝時代の詩人です。六朝時代には、漢詩の規則がまとまりつつありましたが、まだ近体詩の完成には至っていません。その分、唐以降の時代の詩と比べて、型の上では自由闊達なさまを感じるかもしれません。

陶淵明は若くして官職に就きますが、嫌気がさして41歳のとき、この「帰去来の辞」を作って故郷に帰りました。「帰去来(帰りなん、いざ)」とは「さあ、帰ろう」という意味です。以後は隠逸の詩人として、生涯、田園での生活を送り、後世の詩人たちの憧れとなりました。

現代社会に生きるみなさんは、この詩を読んでどう思ったでしょうか?もしかすると、共感できるところがあるかもしれません。1600年以上も前の人が、こんなことを考えていたとは、何とも不思議な感じがします。はるか遠い昔の時代を生きていた当時の人々の気持ちを肌で感じることができるのも、詩の持つ大きな魅力の一つです。

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